どこかのT大生の思考

不定期です。旅行と考えることが好きなT大生が、たまーに駄文を公開します。自身の生に関する思いを述べる「自省」、旅の思い出を記す「旅記」、社会に対して言いたいことを唱える「主張」、人間関係の悩みを書き散らす「拗人」、その他自分の姿や趣味などを自由に語る「特筆」の5つ。

[拗人1]恋愛ってなんなの

今回の文章は若干下品な部分も含むこと、あらかじめご了承いただきたい。ドン引かないでほしい。書いていて自分でも考えがうまくまとまらず駄文となってしまったが、お許しいただきたい。もともとこのテーマはもっと後の時期に書くつもりだったが、最近思うことが多いので本日書くことにした。

 

※最初に断言しておくが、この文章の内容は決して私の肉体的・精神的性自認である「男」に限定していない。ただし、私自身は肉体的にも精神的にも男性を自認しており、また恋愛対象は異性であると自覚している。

 

 

 

私は、恋愛ができない。

 


思えばこれまで同性であれ異性であれ、「いつも会いたい」「ずっとそばにいてほしい」などと思った存在はいなかった。おそらく私は異性愛者だが、思春期になっても公立中学の同級生を「恋愛対象」と認識したことなどなく、高校では別学・塾なしゆえそもそも異性との接点が皆無に等しく「恋愛」などできるはずなく、また大学に入ってもあらゆる知り合いは「友人」としてしか見られない。

いわば「恋愛」という感情がわからないも同然なのだ。結果として、激しく拗らせた人間となった。

 


ここで厄介なのは、私は「恋愛をしたくない」などこれっぽっちも思っていないことである。むしろ、ある特定の人に対して強い感情を抱いてみたい。「会いたくて会いたくて震える」ってような感情を一度でも抱いてみたい。恋愛ソングに共感できるようになってみたい。

私は人の惚気を聞くのが結構好きだ。恋愛漫画も好きだ。頬がつい緩んでしまう。それは自身の知らない世界を見せてくれるからなのかもしれない。というよりか、自身が一度経験してみたいと思っている世界に関して、それを間接的に知ることによって一種の疑似体験をしているような感覚を抱くからなのかもしれない。だから私は恋愛ができない割に「リア充爆発しろ」などとは思わない、幸せそうなカップルはそれだけで私にとっちゃ眼福なんだよ。末長くお幸せに。ただ、その感情・その関係性を疑似的ではなく現実に私に体験させてほしいな、というところである。

 


…そもそも「恋愛」とはなんなのか。

それは世間一般の考えでは「特定の異性に対して、「友達とは別の意味で好きだ」「一緒にいたい」「その人のことを深くまで知りたい」といった特別な感情を抱くことなんだと思う。

では、「友達とは別の意味で好きだ」とはどういうことなのだろうか。

容姿に魅力を感じる?それでは私が恋愛できない割に「かわいい」「美人」と思う人が多くいる事実(後述)と若干矛盾する。というか、容姿だけを問題とするってそれは本当の恋愛感情じゃない、って言われうるんじゃないの。異性のアイドルに対してファンが抱く感情「推し」だって絶対恋愛感情じゃないだろうし。

趣味とか志向とかが合う?それってむしろ親友じゃないのか。オタク仲間とかじゃないのか。

性欲(手を繋ぎたいとか軽度のものから重度のものまで)を抱く対象となる?なるほど。じゃあセフレはなんで生まれるのか。それに今の私は性欲が著しく減退しており、そういう感情がわからない。なんなら知り合い(異性同性関わらず)に性的感情を抱くことに対して、激しい嫌悪感を覚えてしまうほどである。

ずっと一緒にいたい?それじゃあ究極の質問をしようじゃないか、ペットはどうなるんだ?それに親友と何が違うんだ。あと、じゃあなんで世のカップルは別れるんだよ。

そもそも私は、「好き」という感情を「恋愛感情」「恋愛感情以外」で二分化すること自体よくわからない。根本は共通して「その人を魅力的に感じる」っていう感情じゃないのか。

私は、異性間の友情は成立すると強く信じている。ただ染色体が一個違うだけ、それだけで「友人には絶対ならない」なんてことはないだろう。だからこそ、「恋愛としての好き」「恋愛感情以外の好き」の違いがよくわからなくなってくるのである。

 


さて、私はなぜ恋愛ができないのだろうか。

恋愛できない男性(※肉体的および精神的な性自認)東大生の言い訳として「そもそも異性との接点がない」というのが挙げられる気がする。しかし私の場合はそんなことはないはずだ、異性の割合が相対的に多いコミュニティに複数属しているし、別学生活を脱して1年が過ぎ異性とのコミュニケーションにも慣れてきた。

しかしながら、異性の知り合いを恋愛対象としてみたことはない。とある団体の同担当に異性がいたことはある(しかも世間的価値基準では「美人」)が、私の感覚としては「有能な相方」「頭おかしいようだけど実は仕事できる相方」くらいである。だいたい失礼ながら、別の友人から「あの人美人じゃない?」と言われてはじめて「ああ、たしかにそうだな」って思ったくらいだ(この友人の発言が若干問題をはらむことは承知だ)。それでは「知り合いだと恋愛感情を抱けない」というのが問題なのだろうか。

なんでだろう。そこには「恋愛することで団体の秩序を乱してはならない」という考えでもあるのだろうか。いや、ほかのカップルの存在からしてそんなことはないはずだ。それにイチャイチャし過ぎなきゃそんなに秩序乱すわけでもないだろうし。

「周りが茶化すから」? 別に心から好きだと思える人がいるのなら、茶化しとか冷やかしなんてどうでもよくなるのではないだろうか。

「異性に対してコミュ障すぎる」? じゃあ異性の友人はできねえよ。私は異性の友人がいる、と少なくとも私は信じている。余裕で話はできる。

「自分の要求水準が高い」? いや、むしろ私は3年間の別学生活で異性に対する要求水準は著しく低くなった気がする。だって知り合いの異性をことごとく「かわいい」「美人だ」など思ってしまうくらいなんだもの(※不適切な表現であることは承知である)。今の謎のテンションに任せて言わせてくれ、東大女子は美人だし勉強もできるしプロだし最高だ(※不適切な表現であることは承知である)。それに私は異性と話せるだけで嬉しいと思える、そんな頭の中お花畑な人間だ。…こういう自身の変態的な考えと矛盾する。

 


…こんな限界みたいなことを言っている私であるが、最近気になる人ができていた。

というか「気になる人」自体は過去に存在したことがある。だが「気になる人」といっても1ヶ月も経たずにどうでもよくなってしまったし、そもそも「気になる」という自身の曖昧な気持ちに自身が持てなかった。だから「好きな人」とは決して言えないのである。

しかしその人は、実際3ヶ月間くらい気になり続けていた。ある時は、すごく会って話したいと思うこともあった。そこで、自身の気持ちが「恋愛」なのではないかと自覚したものである。この時の自分は「恋愛」を経験できたこと自体に非常な満足感を抱いていた。

ところがどうだろう、実際話してみると恋愛感情とか以前に「尊敬の念」が出てしまうのである。自身の感情が本当に「恋愛感情」なのか、自信がなくなってしまった。たしかに会って話したいけど、それはその人の経験を単に知りたいだけ、そして共通の趣味について語り合いたいだけで、単に「異性の友人」としてなのではないだろうか。

…結局私はその人が好きなのか、わからなくなってきた。そして行動できないのである。

 


というか「付き合う」「恋人」とはなんなのか。それは「友達以上、家族未満」という関係性と言われることもあるが、本当にそれだけなのだろうか。

ある友人と、恋愛について話したことがある。その友人は、通常の言葉でいうところの「恋人」がいるが、その「恋人」に対して抱いている感情が恋愛感情なのかわからないと言っていた。少なくとも、世間的に言われる「恋愛感情」ではないと言っていた。しかしながら、「親密度」の観点で言えばたしかに友達以上だという。

そもそも、「付き合う」って必ずしも双方の強い恋愛感情があって成立するものなのだろうか。私はかつて、「両思いになるなんて普通に考えて天文学的確率、成立することあるのだろうか」と激しく疑問に感じたことがある。だってさ、自身が恋愛感情を抱いている人だって恋愛感情を抱きうる人は無数にいるわけで、その中でたった1人自分が選ばれるなんて奇跡みたいなもんじゃん。これに対して「自分に恋愛感情を持って接してくれる人は、おのずと好きになってしまう」という考えも浮かんだが、いかんせん自身はそんな経験がないのでわからない。

私は、恋人(とりわけ夫婦)は一番の友人たるべきだと思っている。でもこれでは、先ほど述べた「異性間の友情は成立する」というのとの差がわからなくなる。

いろいろ考えてみたが、「恋人」という関係性については「過去に告白したorされた」というのがあるだけで、人によって捉え方は違う、という結論にしかたどり着けなかった。

 


大学に入ってから、たまに「恋人を作る」というワードを聞くことがある。私はこのワードが嫌いだ。だいたい恋人って「作る」ものじゃなくて、本当に好きだと思った人に巡り合った時に告白によってそういう関係性に「なる」ものではないだろうか。

というか「一目惚れ」なんであるのだろうか。たしかに「美人だ」「かっこいい」と思うことはある。でもそれ以上の感情を一度会っただけで抱くのだろうか。恋愛ってそんな浅はかなものなのだろうか。

 

 

大学生って恋愛して恋人を作るものだと世間的には思われるだろうし、実際かつての自分もそう思っていた。しかしそれはそんなに簡単ではなかった。

 


私はいつ、いわゆる恋愛をできるようになるのだろうか。そしていつ恋人ができるのだろうか。

拗らせまくった私から「恋人できた」という言葉が出るのを、みなさん楽しみにしていてほしい。というか私自体が一番楽しみにしている。それが訪れるのかは、わからないけど。

私は「恋愛感情」を追い求め続ける。