免許合宿の後は、某サークルの2月合宿へ。
前回述べたように、私は1/30から2/12まで山形県高畠町で免許合宿に行っていた。2/12に無事卒業を果たし、米沢駅から帰ることとなった。
…しかし私は単に東京に帰るだけでなく、そこから四国に向かったのである。例のサークルの「2月合宿」があったからである。それも四国の南西、四万十市の中村に。めっちゃ遠かった。
旅程は、
〈2/12〉
米沢(山形新幹線)福島(福島交通飯坂線)飯坂温泉(福島交通飯坂線)福島(東北新幹線)東京(夜行バス)
〈2/13〉
(夜行バス)徳島(高徳線特急)高松(徒歩)瓦町(琴電琴平線)高松築港/高松(予讃線)観音寺(予讃線)伊予西条(予讃線)松山(徒歩)市役所前(伊予鉄道松山市内線)JR松山駅前/松山(予讃線・内子線特急)宇和島(予土線)窪川(土佐くろしお鉄道中村線)中村
である。
「◯日目」の表記は、免許合宿から続けて数える。
14日目(2/12)。
交通費の支給があったため、堂々と新幹線に乗ることができた。
しかしながら米沢から福島の自由席は非常に混んでおり、座ることができず。ゆえに福島でとりあえず下車。なんか色々あった。
そして飯坂温泉に向かい、福島交通飯坂線を完乗。
飯坂温泉、まさに温泉街という感じで良かった。
地元の豪農・豪商であった堀切家の邸宅も見てきた。足湯があったのが印象的。
そしてお湯は熱かった。48℃くらいのあれで「低い方」とかいうから、地元の爺さんたち恐ろしい……。
福島駅に戻り、駅前を少し散策。
そして新幹線に乗り込み東京に帰る。例の固いアイスも食べた。
東京駅の電光掲示板も、日本のいろいろな地名が出てきてバスタ新宿同様旅情を掻き立てられた。
近くのローソンで夕食を調達し、バスが出る鍛冶屋駐車場に向かい、20:40発の徳島行きのバスに乗り込む。さらば東日本。
15日目(2/13)。
バスは鳴門を経由して、朝早くに徳島駅に到着。徳島駅周辺で朝食を食べ、そこから鉄道で西を目指す。松山までの学割切符を買い、高松までは特急課金。
高松駅で下車すると、歩いて南へ。高2の時に財布をなくしたトイレや思い出のうどん屋を眺めつつ歩き、中央公園とかを観測した。「菊池寛通り」というものがあり、『父帰る』を再現した銅像もあった。
菊池寛通りを歩いて瓦町駅に出て、そこから琴電で高松築港駅へ。
駅の近くに高松城跡の玉藻公園があったが、時間がなく入場料がかかったため撤退。そこから高松駅まで歩き、今度は予讃線の普通電車で西に向かう。
観音寺で乗り換え、愛媛県に初めて入り、伊予西条。四国鉄道文化館というのがあり、時間があったら入ってみたかった。
わずかな乗り換え時間しかなかったため諦めることに。
今治でも停車時間が若干あったため、途中下車。
そして松山駅へ。
歩いて松山城の方向へ。まずは二ノ丸史跡庭園。
続いて本丸の方へ。結構ちゃんと山を登った。
天守の上の方や本丸から見た景色は中々だった。こういうのが見たいから、私は高いところが好きなんだよね。
そういやなんかのキャラクターがいた。
そして下山し、市役所前電停から路面電車に乗って松山駅に戻る。
松山からは「四国西南周遊レール&バスきっぷ」を用いて高知まで向かう。ここでも宇和島まで特急課金。そして内子線全線乗車(それはそう)。
宇和島では予土線への乗り換え時間があったため、少し街の方に出てみた。やはり南の街って感じがして、山形とのギャップを感じ大移動したと感じたものだ。
宇和島城に登城しようとしたが、開城時間外だったため断念、遠くから眺めるのみに。
そして夕方の宇和島を歩き、駅に戻る。
予土線に乗り、かつて日本最高気温を記録した江川崎や駅名が面白い半家を通り、高知県の窪川へ。
これをもって四国全県訪問。窪川駅にはプラレール的なものがあった。夜の窪川を歩いてみたが、営業時間が終わったツルハドラッグぐらいしかなかった。ツルハドラッグなら東北で散々見たわ。
そして土佐くろしお鉄道の特急に乗り、目的地・中村へ。
夕食の弁当を調達し、宿まで歩いて2月合宿に合流したのは、夜の10時くらいだった。
そしてまた、次回に続く。ここからは久々の集団での旅が始まる。