どこかのT大生の思考

不定期です。旅行と考えることが好きなT大生が、たまーに駄文を公開します。自身の生に関する思いを述べる「自省」、旅の思い出を記す「旅記」、社会に対して言いたいことを唱える「主張」、人間関係の悩みを書き散らす「拗人」、その他自分の姿や趣味などを自由に語る「特筆」の5つ。

[拗人6]私は「恋愛」に何を求めているのだろう

今回の文章も、めちゃくちゃ下品になりますが悪しからず。

[拗人1]や[拗人2]、[拗人4]もご覧あれ。

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※最初に断言しておくが、この文章の内容は決して私の肉体的・精神的性自認である「男」に限定していない。ただし、私自身は肉体的にも精神的にも男性を自認しており、また恋愛対象は異性であると自覚している。

 

 

私は相変わらず

 

大学生活3年目。共学生活3年目。

「普通の大学生」であれば、出会った人間のうち誰かに「恋」をして、お付き合いの1回くらい経験しているのがザラだろう。

 

ところがご存知の通り、私はそんなことは決してない。

残念ながら、下品な記事を書いた昨年8月から、一切進展していない。

むしろ、拗らせは悪化している。

 

 

恋愛を拒否しているわけではない

 

恋愛やお付き合いを「しない」「したくない」人だったら、自分の他にも知っている。

「恋愛感情なんて邪魔」「恋愛でいい思いをしている人を見たことがないから恋愛する気にならない」「どうせ別れるのに意味あるの?」「自分の自由が奪われるだけじゃん」という声がある。まあそれもそうだ。

 

だが、私の場合は違う。

私はこういう例とは全く異なり、恋愛やお付き合いを経験したがっているのだと思う。それも今、大学生のうちに。それがひどく大変なものだと聞いていても、それでもなお。

恋愛やお付き合いをしたい理由、それは複数あるのだろう。

 

 

恋愛を経験したい理由、なんだろう

 

そもそも、ヒトという生物には三大欲求の一つとして「性欲」という欲求が存在する。これは生殖を究極目的とする生物である以上、否定し難い事実ではなかろうか。たとえそれが、種の存続のみを目的としない高等生物であろうと。これは性自認性的指向に関わらず。

ヒトの恋愛も、本来は生殖本能の表れだろう。つまり「性欲ゆえに恋愛を求める」というものだ。もっと無難な言葉で言うとしたら「自分にとって最適なパートナーを捕まえる」だろうか。これも性自認性的指向に関わらず。たぶん、私が恋愛を求めるのにも、確実にこの側面はあるはずだ。……少し下品で失礼。

ただ、大事なのは「絶対に性欲がすべてではない」という点であろう。そもそもら性欲を満たすのが至上の目的だったら、風俗に行って金を払えば解決できる。金がかかるったって、普通のお付き合いにもそれなりの金と労力を要するし変わらないはずだ。それに、性欲がすべてだったらアセクシャルはどうなるのか。

 

[拗人4]でつらつらと述べた「承認欲求」。記事執筆当時(9月)に比べりゃマシになったとはいえ、未だ私を支配している。

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非常に自己中心的で最低な理論だが、「自分は必要されている」ということの保証として恋人がいてくれたら嬉しい、というのは変わらない。

 

「結婚前のお付き合いの練習」、これもありそう。とはいっても正直、大学生のうちの恋愛が結婚にすんなり結びつくとは、私はあまり思わない。それよりかは「その予行練習」だろう。

「童貞とつきあったけど、女性経験ないせいで女性への気遣いがなすぎてやばい」という声も聞く(これは決して全女性に対する偏見ではない、ごく一部だということは分かっている)。この状態になることが怖いのだ。

そもそも、私は結婚したい。家庭を持ちたい。これめちゃくちゃ大事。別に恋愛結婚にこだわる必要はないだろうが、それでもお付き合いの経験は結婚前にあった方が確実に良いだろう。

 

さて一番厄介なのが、[拗人2]でも少し触れた「恋愛コンプレックス」である。

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大学で複数の団体に所属している私は、その中での恋愛事情をよく耳にする。まあ私が蚊帳の外であることはどこでも変わりないけれど。そうして知り合いが恋愛をしていること、知り合いがお付き合いをしていること、知り合いが面白そうな生活をしていること、それを知る。

趣味、および話題に取り残されないための取り組みとして、音楽を聴き漫画を読みアニメを観る。これらは、とりわけ若者世代の恋愛を扱うものが多いように感じる。音楽では愛を伝える言葉や片思いの悲哀が語られ、漫画では今やTwitter上でもじれったい付き合いの様子が見られ、アニメでは恋愛の駆け引きや男女の奇妙なやりとりが映される。

私が大好きな旅においても、観光地に行くと大抵はカップルがいる。彼ら彼女らは、2人でいて楽しそうだ。ふと、相手のいない自分の身の上が切なくなる。

そういうの、自分だって経験してみたいんだよ。「若者の恋愛」「大学生の恋愛」を経験させてくれよ。

「それは幻想、現実はそんなにうまくいかない」別にうまくいかなくたっていいの、ただ経験してみたいだけなんだから。

 

そして、そんな「大学生の恋愛」はあと2年間しかできないだろう。許された時間は、刻々と減っている。そんな焦りもある。

 

 

お悩み相談の回答、ずれてる

 

私のこのような「恋愛がしたいのにできない」という悩みを恋愛経験者に語ると、大抵は「恋愛がすべてじゃないよ」「そのうち絶対に運命の人が見つかるよ、社会人になれば東大卒はモテるし」「付き合いなんてろくなもんじゃない、やらない方がいい」「今の時代、別に結婚がすべてじゃないから大丈夫」という回答が返ってくる。

 

……いや、そうじゃねえんだよ!!!!!

恋愛不能の気持ちをわかってないなあまったく!!!!!

 

たしかに恋愛がすべてじゃない、けど今の私にとっちゃ「求めているもの」であることは変わらない。だって考えてみろ、東大に入りたいとき、進振り(※東大の進学選択制度)で人気の学科に進学したいとき、「いい大学に行くことがすべてじゃない」「別に楽したっていいじゃん」って言われてすんなりと勉強を止めるか??? 「大学の友人関係なんて脆い」って言われたからって、すべての友人関係を捨てようと思うか??? そういうものだ、「すべてじゃない」のは確かだけど、それを求める気持ちは確かなんだわ。

運命の人はそのうち見つかる? その「そのうち」っていつだよ。大学1年の夏から言われてるが、1年半以上多くの人に会ってきたが、一切見つからんぞ。このペースだと一生見つからんぞ。それによ、こちとら「大学生の恋愛」をしたいんだよ、「そのうち」って言われてもあと2年間しかないが??? 「社会人になったらモテる」ってそりゃ手遅れだが?????

付き合いなんてろくなもんじゃない、いやそう言われても経験したいって思いは変わらないから。例えば「旅行なんて金が飛ぶし危ないしやめた方がいい」って言われたからって、旅行を一切やめようと思うか??? 冒険できそうな楽しそうなところを見つけて、「どうせ何の得もない」からって冒険をやめるか??? そこでしか得られない経験があるから、それをやりたいと思うんだよ。

結婚しなくてもいい? そうじゃない、自分は将来結婚したいの。「しなくてもいい」と「したい」は違うだろうが。

 

たぶん、恋愛やお付き合いを経験した人に、私のような限界未リアの気持ちなんて一生わからないだろう。

向こうだって別にマウント取りたいわけではない、真摯に相談に乗っている、それはわかっている。でもそれは私には響かない。

私を嘲笑っているかのように聞こえる、そんなこともある。

 

頼むから、交際経験あるのに「ずっとぼっち」「陰キャ」とか言うのやめてくれ。本当にやめてくれ。

あんたがそんなんだったら、今まで一切の交際経験のない「ホンモノ」はどうなるんだよ。惨めでたまらねえよ。

交際経験あるなら、せめてそれを素直に誇れ。私は惚気は別に不快には思わない。恋愛への憧れを増長させるだけさ。

 

 

んで、じゃあ何でこんな記事書いてるの?

 

こうやって限界みの深い記事を書いていると、おそらく人々は私という面倒な存在から離れていく。「こんなこと言ってるからモテないんだよ」それはそう。

いや、そもそも私はモテたいわけではない。

 

……は?????

 

私は、自分が「モテる」ことはありえないと思っている。(ちなみにここでの「モテる」、複数の同性もしくは異性から恋愛感情を抱かれる、って意味ね。)

いくら努力しようが、もともと魅力ある人間に叶うはずがない。「外見がすべてじゃない」とは言われるけど、やっぱり「ルックスがアドヴァンテージ」これは誰でもそう。そんな状況で、ファッションや言葉遣いなどの外見に拘ってひたすら自分をよく見せたって、得られるものはそう多くない。「マイナスの感情」を抱かれるのは勘弁だから清潔感は保つが、それ以上の努力をしても「プラスの感情」を抱かれることはそうそうないだろう。

 

負け犬の遠吠えみたいなことを言うと、そもそも私が経験したいのは「恋愛感情」であって「モテること」ではない。歌の歌詞に出てくるような熱い思い、知り合いのリア充が見せる照れ、そういうのがいいんだよ。モテたところで自分が恋愛できなきゃ、意味がない。まあモテるわけないけど(ヤケクソ)。

 

どうせモテないんだし、別に自分をよく見せる必要もそんなないでしょ。それよりかは、自分の中に溜まっているいろいろを吐き出してすっきりしたい。だから別に、自分のこんな限界な思考を垂れ流すのも許せる。

ま、こんな面倒な人間だから相手にされないんだ、って言われたらそれまでだが。

 

 

で、何で恋愛できないんだっけ?

 

そもそも、私が恋愛できない・恋人ができないのは何故なのか?

それは8月と変わらず「恋愛感情が理解できないから」、そう思っていた。

 

……いや、実際はそれ以外の理由もあるのではないか?

それは「単に勇気が出ないから」

 

そもそも私は、すべての人間を恋愛対象から排除しているわけではない。

知人をそういう対象としてみることに葛藤がある、というのは事実だ。でも、だからといってすべて排除しているわけではない。そもそも恋愛をしてみたいと思っているから、頑張ってそういう対象として見ようとすることもなくはない。実は出会い厨のようなものだ。

 

その結果、昨年夏頃に「気になる人」ができたのは事実だ。あれは不思議な感情で、恋愛感情のようなものだった。あの人のことが頭から離れない、そんなこともあった。自分がずっと経験してみたかった「恋愛感情」が少しでも抱けたことに、少しだけ嬉しくなった。

ただし、なぜかすぐに恋愛対象として見れなくなった。恋愛関係であってはならない「すぐさめる」という奇妙な現象が起こった。

 

私はこの奇妙な現象の発生をもって、「自分には恋愛感情がわからない」としていた。

いやしかし、これは「恋愛感情がわからない」ではなかったのでは。「恋愛感情」そのものはあの不思議な感情で理解して、そのあとの奇妙な現象だけが理解できなさった、それが正確だったのでは。

じゃあ、なぜ奇妙な現象は発生したのか。その裏に、実は「勇気が出ない」というのがあったのでは。あれは、自分の中の「恋愛感情」という制御不能な存在が突然自発的に萎んだわけではない、そうだったのかもしれない。自分が相手にとって不釣り合いだという事実を感じ取り、そこで突然自分からアプローチする勇気を失い、勝手に「恋愛感情が消滅した」と自分の中で納得していた、そうだったのかもしれない。「自分には自信がある」と思っていたが、恋愛における自信はなく勇気がつかなかった、そうだったのかもしれない。「勇気が出ない」というのを「恋愛感情がわからない」に置き換えて逃げていた、そうなのかもしれない。

(ちなみにその人には既に相手がいることがのちに判明し、改めて冷めている。)

 

じゃあどうすればいいのか。そりゃ「関係を変える勇気を持つ」なのだろう。

そんなこと今までやったことがない。でも、自分が経験したいと思っていることを実現するためには、越えなければいけない壁なのだろう。それこそ、東大合格みたいに。

 

……ただし、「恋愛感情を抱ける相手」が現れなければ始まらない。残念ながら、私があの時感じた「恋愛感情」を抱ける相手は、あの人の他にはいない。

……いや、実はこれもそういう言い訳で自分が逃げているだけなのでは? 実は恋愛感情を抱く相手、あの時ほど強い感情ではないにしろ、いたのかもしれない。勇気が出なくて逃げていたのかもしれない。

とりあえず、勇気が大事なんだろうな。自分が恋愛できない体質だ、と諦めかえる前に。

てか待ってるだけでも始まらないよな。自分がモテない以上は、自分からのアプローチが必要になるわけだし。

 

なお念のため述べておくが、今明らかに「気になっている人」はいない。潜在的にはいるのかもしれないが。

 

 

結局、「恋愛」に何を求めているのだろう

 

結局、自分は何をしたいのだろう。

 

こうやって、自分の中の考えを放出すること?

恋愛の相手を見つけること?

そこで勇気を出すこと?

人を使って承認欲求を充足すること?

交際の経験を積んで結婚に備えること?

青春コンプレックスをどうにかすること?

この激しい拗らせを脱すること?

それとも、すべてを諦めてソロ充を目指すこと?

 

今はただ、「その時」を待つしかないのかもしれない。