どこかのT大生の思考

不定期です。旅行と考えることが好きなT大生が、たまーに駄文を公開します。自身の生に関する思いを述べる「自省」、旅の思い出を記す「旅記」、社会に対して言いたいことを唱える「主張」、人間関係の悩みを書き散らす「拗人」、その他自分の姿や趣味などを自由に語る「特筆」の5つ。

[自省12]2020年を振り返って

2020年最後25分になってから書き始める文章。

 

 

2020年が終わる。

一言で言って仕舞えば、今年は「波乱の1年」だった。当然である。

 

新型のウイルスが世界中で大流行し、我々の「普段の生活」は失われた。「当たり前」が崩れ去り、数々の予測できなかったような変化が生じた。

大学生は講義をオンラインで受けるようになり、サークル活動なども通常通りに実施できなくなった。学園祭はオンラインになった。参加しようと思っていたプログラムは感染拡大防止のため中止された。またインターンシップの一部がオンラインで開催されるようになる一方、業界によっては新卒採用を取りやめ、就活の様相は大幅に変化した。

そして通学の消滅は、我々の生活そのものにも変化を加えるようになった。通学定期券が消滅したこともあって、埼玉在住の私は都内で友人と会うことが少なくなった。大学の図書館に行くことも少なくなった。

……私自身が2020年を通して感じたのは、「当たり前」の脆さと将来の予測不可能性である。

 

それが長期間続いた。今や「普段の生活」が失われるというより、新たな「普段の生活」が形成されつつある。

基本的にマスクを着用する。三密を避けるために換気がなされる。多くの場所で手指の消毒を行う。風邪をひいたら休む(というか休まされる)。毎日通学はしない。イベントはオンラインが原則。多くの人がzoomを使える状態。

……私自身が2020年を通して感じたのは、「普段の生活」というものの可変性である。

 

ただ一方で、変わらないものもある。

今や第三波が来ていると言われるが、会食を自粛する動きは春ほど見られず、人と会って飯や酒を入れる人がいる。「オンライン飲み会」なるものが誕生したが、それは人口にめちゃくちゃ膾炙したわけではない。偉い人が会食をしたとの記事もあった。「人と会い一緒に食べたり飲んだりする」ことの価値というのは、変わらないようである。

……私自身が2020年を通して感じたのは、「普段の生活」が変容しても変わらないものの存在である。

 

そのような状況下、主に通学の消滅により、私には新たなる空き時間や金の余裕ができるようになった。それを踏まえてバイトの時間が短縮し、睡眠時間が増加し、趣味の一つであるアニメ視聴にかけられる時間も増えた。何かができない代わりに、それに代わる別の価値を有するものに時間を当てることができた。

……私自身が2020年を通して感じたのは、危機的状況・制限のある状況における時間の有効活用の可能性である。

 

医療従事者は苦しみ、医療優先を声高に要請する。一方で観光業従事者や飲食業従事者も苦しみ、経済優先を声高に要請する。どちらの言い分も分かるし妥当である。だが、この両方を実現させることは非常に難しい。

……私自身が2020年を通して感じたのは、異なる立場の人間における議論の難しさと、すべてを解決する策の不存在である。

 

これらを感じさせてくれた、そんな波乱の1年であった。

 

4年しかない大学生活の貴重な1年である。「こうなってほしくなかった」という思いも当然存在する。

だが、この1年を通して、この1年を経験しなければ学ばなかったようなことも学べたと思う。

波乱は、私にいろいろなことを教えてくれた。

 

おそらくこの生活は、2021年に入ってからもしばらく続くと思う。

「やりたいことができない状況」が早く改善してほしいと思いつつ、それまでの生活も、まだ楽しんでいきたいものである。

 

 

2020年は大変お世話になりました。

2021年も引き続きよろしくお願いします。こちらのブログも更新して参りますので、ご愛顧お願いします。