どこかのT大生の思考

不定期です。旅行と考えることが好きなT大生が、たまーに駄文を公開します。自身の生に関する思いを述べる「自省」、旅の思い出を記す「旅記」、社会に対して言いたいことを唱える「主張」、人間関係の悩みを書き散らす「拗人」、その他自分の姿や趣味などを自由に語る「特筆」の5つ。

[特筆18]自分を「物語」の主人公に添えて

妄想すると元気になるぞ。

 

 

「この作品は半分フィクション、半分ノンフィクションです。」

 

1年前ほどに[自省7]にて、私は自分が「ふつう」であるとの判断のもと、「自分にはない、人を魅了できるだけの「物語」の持ち主に、憧れている。」「でも、自己アピールを書く際とか、そのように人を魅了できるだけの「物語」が自分にもなければならない。」などと書いていた。

utok-travelandthinking.hatenablog.com

これを書いた当時、自分は自身について回る「物語」なるものの存在を欲していたのだと思う。

 

ここで、ふと考えた。

……物語がないのなら、自分で勝手に構築しちゃえばいいじゃない!

……これまでの自分の人生を「物語」として再編集してみればいいじゃない!

……自分を主人公に据えた作品をイメージしてみればいいじゃない!

 

ってなわけで、自分を主人公とした作品をちょっと考えてみようと思う。

……でも、これまでの自分の人生を淡々と述べるだけでは「物語」になるほどのインパクトは存在しない。

 

ここで、ふと考えた。

……それなら、自分の「こうあれば面白い」「こうなりたい」という姿をイメージして、それをも体現する存在として自分を描いてしまえばいいじゃない!

 

ってなわけで、「自分のツラを被った自分の理想に近い姿」「自分のツラを被った自分が面白いと思う姿」を主人公とした作品をちょっと考えてみようと思う。

この作品の注釈はこうだ。

 

「この作品は半分フィクション、半分ノンフィクションです。」

 

 

『大学生Aの手記』

 

私をモデルにした「A」という人物を主人公にしよう。

タイトルは仮に『大学生Aの手記』とでもしておこう。ちなみにタイトルは今2秒で考えた。

……何も考えずに「手記」としてしまった。それでは、Aは主人公でありながら、語り部ということになる。まあフィクションでもよくある形式だよな。

 

主人公は当然A、「現実の私自身が面白いと思う姿」である。

別に異世界転生とかを面白いと思うわけじゃないので、作品世界は2021年の日本にしよう。変な世界に飛ぶとしたら、それは夢の中での出来事だ。

 

それでは、こいつは手記で何を語るのだろうか。

……そうだな、現実の私を構成する要素は「自省」「旅行」「主張」「拗らせ」だから、これを含めよう。……いやいや、それだとこのブログそのものじゃん。

もう一つ、「特筆」で語られないような日常や些細な出来事、これも含めよう。たぶん、短編集の形式になる。

 

ところで、こいつはA自分自身のことを手記の中でどう語るのだろうか。

……そうだな、「私」だとこのブログと紛らわしいから、「僕」としておこう。

 

そういえば、私自身は中学時代まで、日記をちゃんと書いていた。でもその日記は淡々とその日の出来事を述べるのみで、読んでいてその出来事を思い出すことができるが、詳しい心情などはわからない。それではこの『大学生Aの手記』では、現実の描写に加えて、Aの心情もちゃんと書くようにしようか。

……いや待てよ、心情をあまりに細かく書いてしまうと、読者の想像の余地がなくなってしまう。それでは、むしろ淡々と出来事を述べるだけの回も設けようか。ただ中学までの私のような貧弱な表現力でなく、このブログを書く中で身につけた表現力を活かして深い描写を心がけてみよう。

……何?読者なんていないだろって?そんな分かりきったこと言うなよ、ただ私は自己満足で作品を作ろうとしているだけなんだよ。

 

どうやら、作品の大枠が決まったようである。

 

 

登場人物

 

作品の型が決まったら、次は登場人物を決めよう。

 

Aはどんな姿をしているだろうか。……これはもはや、現実の私の情報を書くのみである。

・男性

・身長はやや低め、体重は標準体重より少し多め

・視力が著しく悪く7割の確率で眼鏡をかけているが、絶望的に似合わない

・ファッションセンスがない

・複数サークルに所属

・複数のバイトを掛け持ち、これまでの経験職種は多数

・旅が好きで、お金がないため限界行動をする

・路線図オタク

・とてつもなく拗らせている、未リア

・猫があまりにも嫌い

・自己中、雑、逆張り意識低い系、強欲で欲望に忠実(ひでえ)

・花粉症持ち、年中肌荒れがひどい(この情報必要か?)

……え、折角なら理想を詰め込んだらどうか、これだとただのイカ東(※「いかにもT大生」という悪口みたいな表象)だぞって?いいんだよイカ東が主人公でも物語は成り立つんだから。ちなみにこの姿が私自身の理想というわけではないので注意していただきたい。

 

それ以外の登場人物はどうしようか。

とりあえず、現実の私との親密度が高い奴らから考えていこう。あいつとあいつとあいつ、あとあいつとあいつもいると面白そう、あとあいつも……。

ここでは、私の理想も少しだけ入れたい。「私のことを好きな人」とか想定するのは流石にその人に対して失礼すぎるし思い上がりすぎなので(おい)、せいぜい「相談に乗ってくれる気さくな友人」くらいでいいか。

 

どうやら、登場人物が決まったようである。

 

 

過去の出来事を俯瞰する

 

さて、それでは私の過去を『大学生Aの手記』として再編集してみようか。

 

「手記」だと語り手はA自身になるが、そのA自身もずっと同じ考えを持っているとは限らない。その過去を今(2021年5月16日)に語るかその出来事当時に語るかで、内容は変わってくるはずである。

……手記だから後者、その出来事当時に語る形式を中心としよう。でも作品に重層性を持たせるため、その出来事から時が経ってからふと語ってみる形式も取ってみよう。

 

参考に、私自身の過去を思い起こしてみる。過去の手帳やメモ、このブログなどは非常に参考になる。

フィクションの主人公ほど波瀾万丈ではないといえ、いろいろなことがあった。旅行中にバイトしたことも、上野公園でPCを開いて課題をやったことも、救急車で搬送されたこともあった。

さらには、手記形式なので「その時どう考えたか」を思い起こしてみる。SNSにおける自分の過去の投稿を見るのが最適解だ。

いろいろな感情を持っていたのだと思う。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。当然だ。

……そしてその出来事とその感情には、さらに過去の出来事が影響を与えているのかもしれない。

 

改めてこう見てみると、自分の過去というのものが重層性を持った大きな存在として、自分の目前に迫ってくる。あまりにもとっ散らかりすぎていて、一つの作品に再編集するには複雑すぎるかもしれない。

……そうか、フィクションの登場人物というのは確かに「物語」を有する存在だけど、それは現実に存在するような複雑性が縮減されて、特定の軸に限定された上での「物語」にとどまるのか。例えば例の作品のあいつは、それこそ昔中学で関わった人間とかいるはずだけど、作品としてはその人間の存在は捨象されているのか。

……うーむ、でも私は複雑な過去ゆえに私なのだよな。特定の軸に沿った何編かに分けつつ、複雑性をそのまま描くのも悪くないかもしれない。

 

さて、手記にするために感情を文章化してみようか。「〇〇ということがあり、それに怒りを感じずにいられないのである。」みたいに。うーん、これだけの表現じゃもの足りないから「実は過去こんなことがあって……」みたいなのも入れた方が良さそう。

……あれ、この感情ってなんで生じたんだっけ。過去のこの出来事がトラウマになっているとか?この人のこの言葉に触発されて?思ったより複雑だな。

 

……ふと、Aを主人公とする作品を構成しようとする中で、自分自身の過去を深くを顧みていることに気づいた。自分自身が思ったよりも自分自身の過去というものは複雑で、面白いものであったようだ。

なんというか、面白くなってきたぞ。

 

 

「ツッコミ」を入れてみる

 

たぶん、Aの手記は「それを記した当時のA」の視点でしか語られ得ない。でも、そのAの見解には間違った部分があるかもしれない。じゃあそれを訂正するものは何か?

……「未来のAによるツッコミ」あるいは「神によるツッコミ」かな。いわば、映像作品におけるナレーションだ。

 

なんというか、これがあるだけで、過去の支離滅裂な言動に説明を付与することができる気がした。「いやそんなことやっても意味ないぞーヒヨッコよ。」「こいつはこんなことしているが、まだ世間のことを知らない若造である。大目に見ていただきたい。」みたいな。

 

……あれ、なんか私自身の黒歴史でも許せそうになってきたぞ?

 

 

映像版のOPやEDでも考えてみようか

 

直近の記事で書いた通り、アニメ作品のOP映像やED映像というのは面白い。その作品が端的に表されているからだ。OP曲やED曲も然り。

utok-travelandthinking.hatenablog.com

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……じゃあ『大学生Aの手記』が映像になる場合、そのOPやEDはどうなるだろうか。

たぶん、こんな姿やこんな姿のAが登場して、このタイミングであいつが登場して、このタイミングであいつとあいつとあいつのグループが登場して、突然あいつが画面に現れてきて……。

 

ここまで来ると完全に妄想でしかないが、考えるのが楽しくなる。

同時に、自分自身の人生を振り返る良い機会にもなるものだ。

 

 

Wikipediaに載るとしたら?

 

有名な作品というのは、その作品だけでWikipediaのページが立つ。

そこでは、各登場人物の様子や物語の簡潔なストーリー、評価などが記されるものである。

 

それでは『大学生Aの手記』についてはどう記されるのだろうか?

登場人物については、まあ設定がそのまま書かれるのだろう。簡潔なストーリー、これは本編の要約だ。評価?どうなるんだろうな。

 

作品について考えを巡らせるの、自分というさほど面白くない(と思っている)人物がモデルの割には、なかなかに面白い。

 

 

未来の出来事も「作品」に組み込む

 

Aは私と表裏一体の存在であり、今後私が経験する出来事は、Aが経験する出来事として表象され得る。

……おっとつまり、私が今後経験する苦難についても「Aが経験する苦難」と捉えて、私は執筆者としていわば「神の視点」から俯瞰することができるのでは?

 

要は、苦しいことがあっても「このようなストーリーを持った大学生Aに降りかかる一つの出来事」と、なんというか客観視できそうということである。何が起ころうと、それは物語全体における一側面である。

そしてその物語は、単に「一つの物語」である。作品としての出来はあろうが、登場人物が変更し得ないストーリー自体に対して「良し」「悪し」の価値判断は付与されない。たとえ「胸糞悪い」「納得いかない展開だった」と文句が垂らされようと、それはその展開自体が倫理的に悪であることを意味しない。

 

こう考えるとなんか、少し生きるのが楽になった気がする。

 

 

執筆開始

 

ってなわけで、『大学生Aの手記』(仮題)、たぶんこのブログで始まります。

気が向いたら、ちゃんと執筆して徐々に公開します。

[特筆17]観たものをひたすら述べていく③

前回の続き。

 

※以下の内容は、完全に個人の主観によるものであり、特定の作品について批判することを目的とするものではない。また私はとてつもなく雑な人間なので、「やる気のある時に書いた感想」「やる気のない時に書いた感想」でとてつもなくばらつきがある。物によっては「感想」と呼ぶにも恥ずかしいレベルのものもあるが、ご容赦いただきたい。気になったら自分の眼で確かめるのが一番。

 

 

 

66. 俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる(2013冬)

OP…B4’(主人公不在)

ED…B4(主人公不在)

次回予告…OP曲+「モテカワアイテム」+シーン重ね映像

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆

俺修羅。厨二病・恋愛アンチの主人公とそれを取り巻く4人の女子の物語。自演乙。典型的なハーレムものだが嫌いではない。オープニング曲がゴミみたいな空耳で知られる(裏腹ゴリラ)が、それ抜きにキャッチーで思わず口ずさみたくなる超名曲。

www.nicovideo.jp(OP映像は00:29あたりから)

フルverでもCメロがないのが、アニソンをカラオケで歌う人にとって良心的。そんでOP映像も個人的に好きだし、主人公が一切出てこないってのも面白い。ちなみにアニソンからアニメを知ったタイプ。

 

67. SHIROBAKO(2014秋〜2015冬)

OP…B3→(A1+B5)、A1+B3

ED…D3’、D2→B4

次回予告…BGM+「はい、武蔵野アニメーションです」+シーン重ね映像

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆

アニメ制作に携わる人々の奮闘を描いた群像劇。(登場人物がオリジナルアニメにしては結構多いのも含め)ガチで結構細かく描かれていて、これを観るとアニメ業界に詳しくなれるのかもしれない。とはいっても所々に超現実的描写が見られるのもこの作品の特徴で、主人公が車を爆走させるシーンは(なぜそういう描写を入れているのかよくわからないが)印象的。そのような内容ゆえに、アニメにしては珍しく登場人物の大半が成人&ベタな恋愛描写が存在しない作品であり、その点でも推せる。そして(P.A.WORKSの作品に全体的に言えるかもしれないが)OP映像(2話以降)の構成がすごく綺麗かつ躍動感があって大好き。なおED映像も独特だが、12話のEDで(ネタバレに近いので削除)。

www.nicovideo.jp

 

68. 踏切時間(2018春)

主題歌…D2

次回予告…なし

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆

「踏切待ち」に関連するヒューマンドラマを描いた短編集。コメディからほっこりまで。「都電こころ状」の話が個人的にはめちゃくちゃ好き。

www.nicovideo.jp

 

69. 花咲くいろは(2011春〜夏)/花咲くいろは HOME SWEET HOME(2013/3)

OP…A1

ED…B2

次回予告…シーン重ね

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆

花いろ。突然祖母の経営する旅館で住み込みで働くことになった、女子高生とそれを取り巻く人間を描いた作品。めちゃくちゃ良作。あの花ほど知られてはいないが、私個人的には岡田麿里脚本作品の中で一番好きな作品。1話を観ただけだと登場人物にイライラするかもしれない(かつて私が1話だけ見た時はその印象だけあった)が、そこを乗り越えると本当に心動かされる作品。

www.nicovideo.jp(OP映像は22:14あたりから)

各登場人物の内面と成長をめちゃくちゃ丁寧に描いている。「仕事」を通して青春を描き出す、他の日常系青春作品とは一線を画す作品。P.A.WORKSのオリジナルアニメはやっぱ素晴らしい。そしてnano. RIPEの主題歌は神。西荻窪と金沢が聖地の一つで、割と聖地巡礼がしやすいかもしれない。また舞台のモデルとなった湯涌温泉はこの作品を機に祭りを始め、今やアニメファン以外の観光客をも呼び寄せる一大行事になっているので、コンテンツツーリズムの成功例としてもとてつもなく興味がそそられる。あと2011年ゆえにサークルK(をモデルにしたと思われるコンビニ)とかほくほく線を走る681系はくたかとか、今は見られないものが見られる。「娘に早く孫の顔を見せてと願う」ってシーンもあるんだけど、これも今じゃちょっと問題になるかもね。

 

70. あの夏で待ってる(2012冬)

OP…A1

ED…A4

次回予告…OP曲+シーン重ね

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆☆

なつまち。どこからか現れた転校生と交流する、高校生のひと夏を描いた物語。「あの夏で待ってる」というタイトルの時点で覚悟はしていたが、「高校生」「夏」「映画撮影」「恋愛」「別れ」とかいう青春っぽい要素をすべて詰め込んだ、青春コンプレックスをえぐるにはあまりに十分すぎる作品。主題歌も素晴らしくOPEDも大好きで、OP8mm映像を現したあの感じも最高で、あれだけで何故だか涙が出てくるレベル。てか8mmってのが何かノスタルジーを感じさせる。SF要素を備えつつも設定の解説に割く部分が少なく、その分登場人物それぞれの内面を丁寧に描いていて、それだけ心が動かされる。ちなみに恋愛関係の複雑さとコメディー要素の不在と主題歌において、凪のあすからに通じるものを感じる。聖地である小諸市が割とタイアップに熱心で、小諸駅や近くの観光地にパネルがあるレベル(ヤマノススメ聖地の飯能市たまゆら聖地の竹原市などに似てる)、聖地巡礼が比較的しやすいと思われる。

 

71. 響け!ユーフォニアム(2015春)/響け!ユーフォニアム2(2016秋)

OP…(B5→A3’)+B2、(A1→A3’)+B2

ED…B5→B34’、B3+C2

アイキャッチ…楽器紹介

次回予告…なし(「次の曲が始まるのです!」)

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆

ユーフォ。北宇治高校吹奏楽部が全国大会を目指す様子を描く。当然聖地は京都府宇治市京アニ制作、楽器の書き方が繊細かつ正確で非常に評価が高い作品。主要な登場人物それぞれのストーリーがかなりしっかりと描かれ、人間関係の描き方もめちゃくちゃ精緻であり、それなりに心に来るものがある。「合奏っていいな」と思わせてくれる作品。なおメガネの書き方が現実に近い(レンズの上側フレームに色がついてる)のも地味に好感持てる。OPが控えめに言って神。

www.nicovideo.jp(OP映像は03:26あたりから)

 

72. この美術部には問題がある!(2016夏)

OP…A4’

ED…B4

次回予告…BGM+シーン重ね

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆

この美。中学校の美術部における日常を描いたコメディー。まず水樹奈々のOPソング(STARTING NOW!)が個人的超名曲。Сталинград!(空耳)

www.nicovideo.jp(OP映像は02:55あたりから)

そして日常アニメで頭空っぽにして観られる一方で所々クセも強く、恋愛模様も真っ直ぐにしかし超コメディカルに描かれていて、なかなか推せる作品。そんでもって毎回の内容もちゃんと面白い。あと、近頃話題になった「美術部の生徒が出展した二次元美少女の絵が受賞する」が起こる作品。

 

73. あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(2011春/2013夏)

OP…A14(スペシャルオンエア版)

ED…B4+劇場版カット(スペシャルオンエア版)

次回予告…なし(1カット+めんまの一言)

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆

あの花。秩父を舞台として幼馴染5+1人の交流を描いた、言わずと知れた名作。岡田麿里脚本作品では一番有名ではないだろうか。「聖地巡礼」あるいは「アニメを活用した自治体プロモーション」の(らき☆すたたまゆらと並び)パイオニア的存在。リメイクOPのサークルゲームは超名曲。ちなみに制作会社が一緒だからかWORKING!!のポスターが堂々と作中に出てくる。

 

74. こみっくがーるず(2018春)

OP…B1+A3

ED…B4(8話別バージョン)

次回予告…シーン重ね(漫画調)+タイトル

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆

漫画家女子高生4人の共同生活。あばばばばばばばばばば。爆乳姫子。きらら作品らしく日常系・ところどころ笑わせる作品でありながら、漫画家としての成長など見られる青春作品。私の語彙力では感想に限界がありますが、きらら作品の中でも激推ししてる良作なので視聴してください。

www.nicovideo.jp

 

75. 境界の彼方(2013秋)

OP…A1

ED…C4

次回予告…BGM+シーン重ね

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆☆

妖夢」を取り巻くダークファンタジー。それなりにシリアスで、視聴にはそれなりの体力を要する。だが主人公が重度の眼鏡フェチということもあり、それに絡んでなどコメディ要素もあり。そしてさすが京アニ、全ての描写が丁寧で引き込まれる。

 

76. けいおん!(2009春)

OP…B3’+(B5→A1)

ED…B34’+(B5→B4)

次回予告…BGM+シーン重ね

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆

軽音部に所属する女子高生4人(→5人)の日常を描いた作品。言わずと知れた京アニ代表作。言わずと知れた女子高生日常系萌えアニメの(らき☆すたに並ぶ)パイオニア的存在。最高。久々に視聴して思ったのは「ゆるーい課外活動を中心に日常生活を描くという点、9年の差があるといえ(同じくきらら系の)ゆるキャン△に通じるのでは」というものであった。頭を空っぽにして観るべき作品。同じく京アニ作品・音楽を通した青春物語であるユーフォとの違いがすごいよね(まあユーフォは小説原作だけど)。

www.nicovideo.jp(OP映像は02:00あたりから)

 

77. 氷菓(2012春〜夏)

OP…A14→A3、A3

ED…B34、B3

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆☆

古典部」を中心として起こる青春推理物語。人が死なない推理モノ。さすが京アニ、武本監督と西屋作画監督の作品、作画がめちゃくちゃ細かくて滑らかで綺麗。あとこの作品は劇中BGMといいOPEDといい曲の使い方がとても良い。ユーフォ1期にもあるけど、1期のOP映像の雨上がりの映像・日光の差し込みの描写が好き。

 

78. ヤマノススメ(2013冬)/ヤマノススメ セカンドシーズン(2014夏〜秋)/ヤマノススメ サードシーズン(2018夏)

OP…なし(1期)、B6’、B4+B2、B1+B5、A1+(B4→B5)

ED…B2、B2→B3、B4’、B2、B2’

次回予告…なし

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆

女子高生が登山する作品。私を女子高生主役のアニメの沼に引き入れた作品。ゆるキャン△とか放課後ていぼう日誌とか放課後さいころ倶楽部とか恋する小惑星とかの「女子高生たちが『少しニッチ』な活動を通して成長する作品」「その分野に専門性のある作品」のパイオニア(だと勝手に思っている)(なんなら原作連載開始はガルパンより早い)。ゆるキャン△同様にコラボレーションが充実しており、登山用具業界と聖地(飯能市西武鉄道国際興業バス聖望学園・タイムズマートや各々の山・富士急行)を巻き込んで展開する偉大な作品で、ゆえに聖地巡礼も容易(……とはいえ富士山レベルになると容易ともいえない)。ゆるキャン△でアウトドアの素晴らしさを知ったオタクはヤマノススメも観ようなー。ショートアニメ12話のみの手軽な1期で引き寄せ、15分24話の2期で沼に落とし、15分12話の3期でさらに楽しませる恐ろしい作品。1期は1回3分半のショートアニメにしてはストーリーがあって見応えがあり、主題歌部分の1枚絵も見どころで、ぜひ視聴していただきたい(そして沼に落ちていただきたい)。

www.nicovideo.jp

内容はスポ根でも恋愛ものでもなくゆるふわなくせに、友人関係とか成長とかめちゃくちゃ「青春」でありアツく、ゆるい作品のくせになぜか目頭が熱くなる。2年半前に視聴した際、なぜか涙を流しながら観てた。そして1期主題歌が完全に「2人の強い友情」を歌う歌であり、あおひなの百合が見られる(ただ原作では2人の関係性はそれほど重く描かれていない)。ちなみに原作ではあおいは1998年2月生まれらしく、ここなが私と同年代ということになる。このアニメは主題歌もそれぞれ素晴らしく、その中でも個人的には2期後半のEDが大好き。なお2期前半OP(2話以降)は他作品と比べてあまりにも独特。西武鉄道が深く関与している作品の一つで、そのほか2期ではホリデー快速富士山とかカボチャとかキムワイプとか(全部鉄道車両)出てくる。アニメ新作制作発表嬉しすぎる。

www.nicovideo.jp

 

79. 痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。(2020冬)

OP…A1

ED…C4+A2

次回予告…なし

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆

SAOの影響を受けた(?)VRMMOを舞台とする作品。でもこの作品に関しては、VRMMOの世界が現実に干渉してくることはない。ガチでタイトルの通りの内容。別に大きなことが起こるわけではないが、私にとってはSAOみたいな痛い作品よりはこれくらいの方が良い。

 

80. 盾の勇者の成り上がり(2019冬〜春)

OP…A1+B4、A1

ED…B2、B2

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆

心えぐり度…☆☆

異世界転生モノ。登場人物のクソさと、それに翻弄される主人公の叫びが他作品と比べても際立つ作品。読んでて不快になるくらいには登場人物がクソ。その中でラフタリアの一途さが際立つ。

 

81. 琴浦さん(2013冬)

OP…B4+A1+B4’

ED…B24

次回予告…OP曲+ネタ+シーン重ね映像

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆

人の心が読める少女と変態少年の物語。1話がクソシリアス・クソ鬱の内容からの感動の内容で、それだけで完成度高く、もはや1話視聴するだけで(むしろ2話以降は観ない方が)良いとよく言われている(?)作品。Amazonなどでも2話以降のレビューは異様に低い。ただ個人的には2話以降もちょっとシリアスの入った日常系として結構優れてると思うので、正当に評価されて欲しい作品。というか1話は本当に良い話なので、1話だけでもみんな観て。

www.nicovideo.jp

「そんなにコシコシしないで」「そんなこと裏のまた裏話でしょ?」OPの中毒性が高い。実は鳥取県東伯郡琴浦町と関わりがあったりする作品(聖地ではない)。

 

82. ゴールデンカムイ(2018夏)/ゴールデンカムイ第二期(2018秋)

OP…A14、A1

ED…A4、B3

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆

金塊のありかを求める「不死身の杉元」と、アイヌの少女アシリパ(リは小文字)、さらにはそれを取り巻く北海道のいろいろな人物のあれこれを描く作品。明確なストーリーがありそれが面白いのみならず、所々に散りばめられるコメディ・ギャグ要素、谷垣ニシパ(シは小文字)の恋愛模様や過去の話(泣ける)、アイヌ文化の数々などどれをとっても面白い名作。

 

83. クッキングパパ(1992春〜1995春)

OP…A34

ED…B2

次回予告…「おいしいホームアニメ クッキングパパ」+言葉

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆

(突然の深夜アニメ以外)料理を軸に、荒岩一家の周りのヒューマンドラマを描く作品。おいしいホームアニメ。マジでほっこりする。優しい世界。

 

84. ウマ娘 プリティーダービー(2018春)

OP…C3’→A1→A3

ED…B3’

次回予告…なし

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆

トレセン学園に入学した「ウマ娘スペシャルウィークを中心とした、ウマ娘の交流と成長の物語。最近話題の某ゲームのアニメ版。だがアニメはもう3年前。少年漫画を彷彿とさせる激アツストーリー。私はゲームをやっていないが、アニメ版によってちょっとだけ(ゲームをもとにしたと思われる)TwitterのTLなどに現れるウマ娘イラストの解像度が上がった。ゴルシはアニメでもゴルシ。2期はこれから視聴します。

 

85. ソードアート・オンライン(2012夏〜秋)

OP…A14、A14

ED…B2、B24

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆

心えぐり度…☆☆

言わずと知れた、VRMMORPGの世界を舞台としたバトルアニメ。有名かつ評価されている通り、内容はまあ面白いが、やはりキリトが気に食わない。イキリト。「人を避ける」ゲーマーがこんなイケメンで女子にモテるわけがない。キリトがモテる理由がガチで分からない。こんなキリトがモテるあたりに、原作者のとてつもなく強い妄想を感じる(暴言)。多分こう思ってしまう私は絶望的にラノベに向いてない。なお女性キャラはだいたい可愛い。主題歌はガチで名曲揃い。

 

86. ふたりはプリキュア(2004)

OP…A1

ED…A3

次回予告…シーン重ね

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆

(突然の子ども向けアニメ)言わずと知れた初代プリキュア。実は子ども時代に観たことがなかったが、アマプラで観られたので9話くらいまで観てみた。少女の友情や成長を細かく描いており、なんというか単なる「女子中学生が悪者と戦う」だけでない深いアニメだと理解して、そこに魅力を感じる。デュアル・オーロラ・ウェーブ。

 

87. ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか(2015春)

OP…A1

ED…B3→A2

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆

ダンまち。よくあるラノベ異世界系ファンタジー……と思ったが話の流れが割とはっきりしており設定理解もそんなに難しくなく、作品世界の理解でまず手こずる私にとっては比較的観やすい作品だった。そしてまあこのアニメもOPの構成が良い。

 

88. ソード・オラトリア ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝(2017春)

OP…A1+B4

ED…A2

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆

ダンまちのスピンオフ。かわいい。

 

89. 電脳コイル(2007春〜秋)

OP…A1

ED…C2

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆

心えぐり度…☆☆☆

大黒市の小学生を中心としたSF。やたら評価が高いので観てみたら、確かに世界観に引き込まれる名作だった。本質は「小学生のお遊び」なのだが非常に深い。だがイマイチ対象年齢層が掴めないし、視聴にはそれなりの体力を要する。ちなみに「集団的自衛権」とかいうワードが出てきたりする。

 

90. 私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!(2013夏)

OP…C4’

ED…C3’

次回予告…黒木兄弟のやりとり

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆

絶望的なまでに陰キャな女子高生の話。ギャグアニメ。マジでくだらない。というかなかなか下品。それだけ声優の演技が上手い。共感性羞恥が働きそうになる。ギャグアニメありがちだが、シーンの中での沈黙の使い方がうまい。OP映像もED映像も独特でなかなか好き。

www.nicovideo.jp(OP映像は02:31あたりから)

 

91. とある科学の一方通行(2020夏)

OP…A14

ED…B2

次回予告…タイトルのみ無音

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆☆☆

園都市レベル5の「一方通行(アクセラレータ)」の周囲を描く作品。本家(とある魔術の禁書目録)を観進めていた当初は上条に対抗する厄介な存在としか思えなかった一方通行が、自らの葛藤の中でありながら、そのダークヒーローっぷりを少女のために発揮する姿が見られる作品。アクセロリータ。個人的には、黄泉川が一方通行とこれほど関わりを持つ人間として出てくるというのが少し意外だった。

 

92. 彼女、お借りします。(2020夏)

OP…A1+B3’

ED…B34/C3(第6話)

次回予告…OP曲+言葉+シーン重ね映像

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆

かのかり。男子大学生の元カノとレンタル彼女と恋人(仮)の話。少年漫画らしく下品な作品(まずEDが超下品)だが、童貞男子大学生の心理を生々しく正しく描いているような気もする。そこに不快感を感じさえしなければ、勢いもストーリー性もあって面白い作品。

 

93. 宇崎ちゃんは遊びたい!(2020夏)

OP…A14

ED…C2

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆

ウザイ女子大生と友達の少ない(ように見える)男子大生のラブコメ(?)。基本的にコメディーであり脳死で観られる作品。なお聖地は仙台。ちなみにどっかのレビューで「可愛くない高木さん」みたいなことが書かれてた。ひでえ。

www.nicovideo.jp(OP映像は02:50あたりから)

 

94. 土下座で頼んでみた(2020秋)

主題歌…A4’

次回予告…なし

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆

土下座であんなことやこんなことを頼んでみるクソみたいなアニメ。なぜこんな同人誌をアニメにしてしまったんだ。6話で突然主題歌がカラオケバージョンになるなど、よくわからない。あと最終話で突然のシリアス……からのアレ。

 

95. One Roomサードシーズン(2020秋)

主題歌…C2

次回予告…なし

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆

視聴者が主人公となり、その主人公の視点で周囲との女性との交流が進んでいく新感覚アニメ。ギャルゲーのアニメ版というところか。登場人物すべて可愛い。主題歌は登場人物に合わせて変わる。

 

96. まえせつ!(2020秋)

OP…(B2→)B5→A14

ED…B3

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆

お笑い芸人を目指す女の子4人のオリジナルアニメ。話題にならずそれどころか絶望的な評価で、内容に一切期待してなかった割には意外と面白い。実在の芸人をガッツリ劇中キャラとして起用するのが攻めてる(し多くの芸人は声の演技がめちゃくちゃ下手というわけではない)。突然ゆるキャン△の某(らしき人物)が(ビジュアルのみ)出てくる会があるし、らき☆すた泉こなたもモノマネにおいて登場する(なおらき☆すた原作者の美水かがみがこの作品のキャラデザ)。あと個人的にはOP映像の勢いが好き。監督の主張が強い。OP最初の掛け合いも好き。ところで埼玉県を舞台とする作品のひとつでもあり、淑徳与野高校が聖地(?)。

www.nicovideo.jp

 

97. 安達としまむら(2020秋)

OP…B24+B5

ED…A24

次回予告…映像+「あだしまペディア」(日野と永藤)

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆

あだしま。安達としまむらの百合。日野と永藤の百合もある。まじでとんでもなく尊い。コミュニケーションが下手な安達がひたすら可愛い。3話の「げ、げんきー」のところが最高。ほんますこ。2期待望。ちなみにJR東海が堂々と登場する作品の1つ(ゆるキャン△程ではないが)。

www.nicovideo.jp(OP映像は02:45あたりから)

 

98. 無能なナナ(2020秋)

OP…A14→B2

ED…B2

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆☆☆

無能な主人公と周囲の人間模様を描く(これ以上話すともはやネタバレ)。1話にして見事に裏切られる内容。だが1話で切らないで観てほしいアニメ。私はこの作品は好き。最後は普通に心が動かされた。

www.nicovideo.jp(OP映像は22:04あたりから)

 

99. おちこぼれフルーツタルト(2020秋)

OP…B3→A1’→B4

ED…B4’+B2

次回予告…梶野穂歩「○ー○!次回のおちこぼれフルーツタルトはー?」→言葉+シーン重ね映像+タイトル

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆

おちフル。女子高生アイドルグループが頑張る話。聖地は東京都小金井市(東小金井)。「やべえ」みたいなことを聞いてたから覚悟して試聴し始めたけど、まあ確かにそれなりにいろいろとやばい。「汚いハナヤマタ」(作者が一緒)。だがちゃんとしたストーリーがあるし面白い。まさにきらら作品感のある作品。

www.nicovideo.jp

 

100. PUI PUI モルカー(2021冬)

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆(むしろ空っぽにして視聴せよ)

心えぐり度…☆

まごうことなき話題作。忙しい現代人のためのアニメ。ガチで一瞬で視聴完了した。正直「モルカー可愛い」とはあまり思わないが()、何も考えたくない時とかに観るには優れている。というか一話一話ちゃんと内容も面白い。損害賠償とか交通違反とか刑事罰とか、そういう現実的なこと考えて観てはいけない作品。個人的には第10話が推し。二階幹事長。

 

 

以上。

興味ある作品があれば是非、参考にでもしてくださいな。参考にならないと思うけど。

[特筆16]観たものをひたすら述べていく②

今回もオタクによるクソ記事(?)だよ。

 

 

 

事情により、今週末は図らずも突然暇になった。

暇になると、文章を描くのが捗るものである。趣味も捗るものである。

 

ところで、昨年の7/5に「観たものをひたすら述べていく①」という記事を書いていた。

utok-travelandthinking.hatenablog.com

この時点では外出自粛開始からの間にアニメ47作品を観て、感想を書いていた。そのあとは外出自粛を解除したため、視聴ペースはそれまでよりも落ちていた。

とはいえ、家にいる時間はコロナ禍以前より長いから、作品を観る時間はそれなりにあるものである。ふと数えてみたら、3/28から今日までに観た作品というのは、ちょうど100作品になっていた(シーズンが異なってもシリーズが同一であれば1つと数える)。

 

そこで、今回は2回に分けて、その第二弾を展開しようと思う。

前回は「頭空っぽにして観られる度」「心えぐり度」と感想を述べたが、今回はそれに加えてOP・ED・次回予告の構成についても触れていこうと思う。というのも、ここというのは(番組中盤のアイキャッチと合わせて)その作品の特徴が見られるところであり、かつ作品によっては(『バカとテストと召喚獣』や桜Trickなど)狂気が感じられる部分だからだ。

(※ちなみに私の観てきたOP映像・ED映像の中で最もカオスだったのは『桜Trick』のOPです。もはや何を食ったらあんなOPが思いつくのか知りたいくらいです。知らない人、とりあえずOP映像だけでも観てください。異論は認めますが、もっとやばいのがあるなら私に紹介してください。あと聞いてきたOP曲・ED曲の中で最も空耳が酷かったのは『俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる』OPの(放送禁止用語)です。異論は認めますが、もっとやばいのがあるなら私に紹介してください。)

 

 

OPやEDの映像については、以下のような分類を用いる。

 

映像内の登場人物による分類(A〜D)

・作品本編に登場するあらゆる人物が出てくる場合はA。登場人物の多いアクション系に多いイメージ。

・「あらゆる」とまで言わないが、複数のメインキャラクターが出てくる場合はB。日常系、あるいは特定複数の仲間の関わりなどを描いた作品に多いイメージ。

特定個人だけが出てくる場合はC。キャラソンはこのパターンが多いか。

・登場人物が一切出て来ず、無機物やキャラクターだけの場合はD。そんなに多くない。

 

描かれている内容による分類(1〜6)

・劇中に出てきてもおかしくないような動的なシーンを複数配置した構成の場合は1。動きの激しいアクション系に多いイメージ。

静的なシーンだけを配置した構成の場合は2。ED映像に多い。

・登場人物が特定のテーマに従って何かをしている場合は3。踊っている場合や、ずっと歩いている場合はこれ。

非現実的なイメージの場合は4。例えば背景や影の描写が全くなく簡略化されている、背景と登場人物が連携しないなど「リアリティが排除されている」のが3との違い。なお5か6に該当する場合は4と表記しない。

登場人物個人に焦点を当てた紹介映像やシンボルが流れる場合は5。その登場人物の名前が表記される場合も、されない場合も含む。

・スタッフなどのクレジットが映像の中身と連携する場合は6。「連携」というのは、例えば黒板にキャストの名前が書いてあったり、監督の名前が吹っ飛ばされたりするということ。

 

内容が曲本体とダイレクトに連携するか否か

・連携する場合はをつける。「ダイレクトに連携」というのは、要は登場人物が踊ったり歌ったりしている、歌詞やそのシンボルが直に映り込んでいるといったようなこと。

 

さらに複数の要素で構成される場合、順序がある場合は「→」、順序なく重なる場合は「+」を用いる。なお簡略化のため、例えば「B4→A1→B4」の場合は「B4+A1」とする。

1〜3と4が同一部分で併存する(すなわちリアリティあったりなかったりする)ことはあり得るため、その場合は両方表記する。

 

これに従うと、例えば

・『涼宮ハルヒの憂鬱』前半ED…B3’+A2

・『化物語』ED…C4’

・『WORKING!!』OP…B4’+(B5→B6)

・『ご注文はうさぎですか?』ED…A1+B5

・『小林さんちのメイドラゴン』OP…B5→B4’+(A1→A3’)→B2(なかなかの狂気)

・『宇宙よりも遠い場所』OP…B3+A1

って感じになるだろう。

ちなみに判別は割と雑。

 

※以下の内容は、完全に個人の主観によるものであり、特定の作品について批判することを目的とするものではない。また私はとてつもなく雑な人間なので、「やる気のある時に書いた感想」「やる気のない時に書いた感想」でとてつもなくばらつきがある。物によっては「感想」と呼ぶにも恥ずかしいレベルのものもあるが、ご容赦いただきたい。気になったら自分の眼で確かめるのが一番。

 

 

8’. やはり俺の青春ラブコメは間違っている。完(2020夏)

OP…A1+B3

ED…A2

次回予告…シーン重ね映像+言葉

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆

俺ガイル。「嘘であり、悪である」青春の中で「本物」を探す物語。最後はオタクの嫌いな例の行事に向かって頑張る。やはりこの青春ラブコメは間違っている……が今期はちゃんとラブコメになっているし、拗らせている中の重めの心情描写が良い。だがこのアニメ、重めのラブストーリーを見たくなかったら1期だけ見て終わるのもアリかな、と感じるくらいにはギャグ要素が少なくなっている。最終話の最後に1期OP曲(フル)が流れる演出は最高だし終わり方もなかなかに綺麗。そもそも1期2期のOP曲が名曲すぎたが3期も相変わらず名曲。そしてやはり「行事を実現させる」というところに格好良さを感じてしまうのが、私の性か。

 

23. 放課後ていぼう日誌(2020夏)

OP…A2

ED…A3+A2

次回予告…一枚画+タイトル文字のみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆

釣りをする女子高生の日常譚。ただ「釣り」というテーマがあってそれに沿った青春が見られ、めちゃくちゃ観甲斐のある作品。言ってしまえばゆるキャン△(顧問の立ち位置が似てる)の海バージョン、あるいはヤマノススメ(幼なじみとの再会と新しいことへの挑戦)の百合要素弱め海バージョンで、女の子が出てくるアニメながら割と全年齢対象みがある。制服で釣りをするのは割と謎だが、しっかりとした理由があったりする。あとEDの映像のテイストがかわいい。

www.nicovideo.jp

 

35’. バカとテストと召喚獣にっ!(2011夏)

OP…D4’+B5

ED…A4

次回予告…問題+タイトル+「ここ、テストに出ます。」

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆(むしろ空っぽにして視聴せよ)

心えぐり度…☆

バカテスト。先進的な「試験召喚システム」が導入された高校での試験召喚戦争の様子を描いた作品。まあいろいろとカオスで、やはり観る側もバカになって観た方が良い作品。1期以上にラブコメ要素が入ってくるが、あまり不快にならないレベルだし、主人公が好かれる理由が(理由はあるとはいえ)謎。なかなかなED映像があったり(ネタバレのため削除)のため男子生徒が団結するシーンがあったりして、今なら割と炎上しかねない内容では?とも思ったり。

 

38. とある科学の超電磁砲(2009秋〜2010冬)/とある科学の超電磁砲S(2013春〜夏)/とある科学の超電磁砲T(2020冬〜夏)

OP…A1、A1、A1、A14、A1、A14

ED…B24、B24、B24、B2、B24、B24

次回予告…OP曲+シーン重ね映像+ネタ

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆☆☆

園都市レベル5の「超電磁砲(レールガン)」こと御坂美琴の周囲を描く作品。ストーリー生の中でギャグとシリアスのバランスが良く、見ていて飽きない。なんといってもOP曲が名曲で知られる。ガチで神。

www.nicovideo.jp(OP映像は21:59あたりから)

そして毎回次回予告が楽しみになるアニメの一つ。モブの声優が今からしたらめちゃくちゃ豪華だったりする。たぶんこのアニメ以上にスカートの中身が見える作品は(全年齢対象作品の中では)ない。最近Amazon Primeで観られるようになったので未視聴者は是非。

 

39. とある魔術の禁書目録(2008秋〜2009冬)/とある魔術の禁書目録II(2010秋〜2011冬)/とある魔術の禁書目録Ⅲ(2018秋〜2019冬)

OP…A1、A1、A1、A1+C3、A1、A14

ED…C5→A4→B2、B2+A4、B2+A4、B24、C2/B2、B4

次回予告…OP曲+シーン重ね映像+言葉+「科学と魔術が交差するとき、物語が始まる。」

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆

園都市レベル0の上条当麻と、シスター服を纏って現れたインデックスの周囲を描く作品。科学と魔術が交差するとき、物語が始まる系の作品。その幻想をぶち殺す。超能力バトルアクション作品だが、上条が周囲の人間に影響を与えていく様子、さらには上条に好意を持った女性たち(多数)の不器用さも面白いところ。やはり登場人物がひたすら多く、視聴にはそれなりの体力を使う気がする。カミジョー属性が発動された際のBGMが好き。

www.nicovideo.jp(OP映像は00:32あたりから)

 

43’. ゆるキャン△2(2021冬)

OP…B4+A1

ED…B2

次回予告…BGM+タイトル表示のみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆

キャンプ好き女子高生の日常を描く、「ソロキャンプ」普及に一躍買った作品。でも、あくまでも全員が同じサークルに所属してみんなでキャンプをするわけでなく、いろいろな形のキャンプが見られるのが(一切しつこくなくて)良いし、SNSを通して繋がっているのが現代の作品ともいうべき素晴らしい特徴。大きなことは何も起こらない&フィクションありがち恋愛要素が当然存在しない日常系だが、それでいて一切飽きない。JR東海天竜浜名湖鉄道の駅や車両含め、訪れるスポットがめちゃくちゃ丁寧に描写されていて、聖地巡礼したくなる作品。それでいてヤマノススメ同様に専門知識とか用具がちゃんと解説されていて、そのくせ女子高生の絶妙な金銭状況が描かれている。こういう内容の良さがこのアニメの素晴らしいところだが、ふんだんに使われているBGMもとんでもなく良い。女子高生ばかり出てくるアニメだけど、全年齢対象と言っていい気がする。もはや嫌いになる要素が一切ない作品。

www.nicovideo.jp(OP映像は02:30あたりから)

 

48. 桜Trick(2014冬)

OP…A14+(B5+B6’→B3’)(狂気)

ED…(B3’→B4)+B2

次回予告…BGM+シーン重ね映像+ネタ

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆

廃校が決まった高校で展開される百合。かわいい女子高生がイチャイチャするだけの最高の作品。脳死で百合を見たいならこの作品。というか百合好き必修作品。そんで原作が4コマなのでコメディ要素強め。主人公はCV戸松遥だが、妖怪ウォッチのケータとかとなりの怪物くんの水谷雫とは全然違う声が聞ける(SAOのアスナには似てる)。もう一人の主人公はCV井口裕香で、なんというか、ヤマノススメの某を感じる。これは何度でも言うが、OP映像がカオスすぎて個人的に大好きすぎる。ニコ動のコメントと合わせて観るとガチで笑える。

www.nicovideo.jp(OP映像は02:38あたりから)

エンディングもかわいい。

 

49. 異世界かるてっと(2019春)/異世界かるてっと2(2020冬)

OP…A3’、A3’+A4

ED…B3’(ドット絵)、B3’(ドット絵)

次回予告…なし

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆

このすば、リゼロ、オーバーロード幼女戦記(、2期は盾の勇者の成り上がり)の登場人物が学校に転生してきた話。元の作品のようなシリアス要素は無く、それでいて登場人物のキャラや関係性は元の作品が尊重されており、さらには「なんでこいつらが」ってような組み合わせの絡みを見ることができる。5つの作品の登場人物がいるということで、同じ声優が複数の役を演じており、CV小林裕介同士(リゼロのナツキ・スバル幼女戦記のグランツ)のやり取りが見られたり、高橋李依の演技の幅広さ(リゼロのエミリアとこのすばのめぐみん)が感じられたりする。リゼロのレムの名言「ゼロから」がめちゃくちゃくだらないことに使われるのが地味に好み。

www.nicovideo.jp

 

50. 狼と香辛料(2008冬)

OP…A1

ED…B24

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆

中世ヨーロッパ的世界観における、行商人と狼少女のファンタジー作品。他のファンタジー作品とかと比べても、なんかゆっくりとした空気のもとで作品が進んでいく。ちょっと経済学の勉強にもなる。EDがひたすら可愛い。2期もあるが未視聴。

www.nicovideo.jp

 

51. 俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2010秋)/俺の妹がこんなに可愛いわけがない。(2013春)

OP…B6→B5→B3、A1

ED…C2、B2

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆

俺妹。妹が実はオタクだった話。高坂京介と新垣あやせのやり取りが好き。ちなみに現実の「妹」なる存在がこんなに可愛いわけはない。

 

52. 人類は衰退しました(2012夏)

OP…B3’+(B2→A4)

ED…C4

次回予告…なし

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆☆

人類が衰退して「ようせいさん」が実権を握った未来の世界の物語。世界観があまりにも不思議で、作者の意図を100%理解することは多分できない。会議の話とか同人誌の話とか開発の話とか、可愛い絵に比してとんでもなく強烈な社会風刺とかブラックジョークを入れてくるのが好き。あとオープニング曲でノリノリになれるアニメ個人的ナンバーワン……だがアニメはその曲から想像できないような内容なので「このアニメを知らない人にOP映像だけを見せて内容を推測させたい」アニメ個人的ナンバーワン。

www.nicovideo.jp(OP映像は02:09あたりから)


 

53. 新世界より(2012秋〜2013冬)

主題歌…C4、C4

次回予告…シーン重ね映像+言葉

頭空っぽにして見られる度…☆

心えぐり度…☆☆☆

52同様、人類が衰退した遠い未来の日本(神栖)における子供の不思議な生活を描いた作品。……というと聞こえは良いが、とんでもなく陰鬱な作品。隠れた名曲だが、設定の読解にそれなりの労力を必要とする(と個人的に思っている)(なんなら私は全然理解できていない)。そしてやはりこの作品も恋愛が絡んでくる。なおアニソンからアニメを知ったタイプ。ところで「アニメにはOPとEDがある」という固定観念をぶち壊してくる。

 

54. 幼女戦記(2017冬)

OP…C4+A1

ED…C2

次回予告…タイトル映像のみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆

サラリーマンが転生したやべえ幼女が、少佐として軍を率いる作品。マジでこいつは「幼女」なんかじゃない。

 

55. 櫻子さんの足下には死体が埋まっている(2015秋)

OP…A1

ED…C4

次回予告…なし

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆

櫻子さん。死体を愛する(ガチ)櫻子さんと「少年」を主人公とするミステリーアニメ。聖地は旭川。残念ながら私の弱い頭では内容がよく理解できなかったが、それなりに重い内容。

 

56. 凪のあすから(2013秋〜2014冬)

OP…A1

ED…C2

次回予告…OP曲+シーン重ね

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆☆

凪あす。海と陸の街の交流、中学生の複雑な人間関係を描く、岡田麿里らしい作品。新生児につける名前で「凪」が人気になったきっかけの作品(大嘘)。ファンタジーでありながら、昼ドラレベルのドロドロした話で、コメディー要素は少ない(下ネタなら結構ある)。三角関係どころじゃない複雑な恋愛関係が見られる。でも「主人公が、ずっと一緒で自分を頼りにするしかないと思っていた奴が他のこと(人)に心を取られている状況と葛藤する」というテーマは個人的に好き。RayによるOP曲、やなぎなぎによるED曲は1期も2期も神曲。背景などの描写がクッソ綺麗で引き込まれる。実は軽く聖地巡礼したことあり。熊野市の海岸部(波田須・新鹿)は本当に美しいのでオススメ。

www.nicovideo.jp(OP映像は03:46あたりから)

 

57. ぐらんぶる(2018夏)

OP…A1

ED…B3’

次回予告…BGM+シーン重ね

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆(むしろ空っぽにして視聴せよ)

心えぐり度…☆

ダイビングサークル(笑)を取り巻く青春(笑)物語。OP映像で騙されるな。「なお本作の登場人物は全て20歳以上の成人です。」「下品なアニメ」は数あれど、この作品はその中でも一二を争うレベルだと思っている。

 

58. ひぐらしのなく頃に(2006春〜夏)/ひぐらしのなく頃に解(2007夏〜秋)

OP…B24、B24

ED…D2、B4

次回予告…ED曲+「信じられるのは……」+タイトル、ネタ+タイトル

頭空っぽにして見られる度…☆

心えぐり度…☆☆☆☆

雛見沢を舞台とするミステリー。というかホラー。ミステリー作品なので、未視聴の状態だと意外な展開に「え??」ってなることあり。解の次回予告が地味に面白い。聖地は白川郷。業はこれから視聴します。

 

59. メイドインアビス(2017夏)

OP…A1

ED…B3

次回予告…地図+タイトル文字のみ

頭空っぽにして見られる度…☆

心えぐり度…☆☆☆☆

巨大な縦穴「アビス」を探検するリコとロボット・レグの話。可愛い絵柄をしといてガチ鬱アニメ。ミーティの話は泣ける。最近「度し難いアクションRPG」のゲーム化と、そのレイティングがCERO:Zなのが話題を呼んだ。

 

60. 変態王子と笑わない猫。(2013春)

OP…A4+B5→A1

ED…C3’

次回予告…タイトルのみ

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆

変猫。変態王子と、笑わなくなった少女など複数の女性のラブコメ、途中ちょっとシリアス。ひたすら登場人物が可愛い。OPとEDに中毒性がある。

 

61. 舟を編む(2016秋)

OP…A4+A1

ED…D2

次回予告…なし(裏エピソード)

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆

辞書編纂に勤しむ人々を描く作品。三浦しをんによる原作小説が有名。ノイタミナ枠で放送されているように、悪い意味での「アニメ」作品感はなく勉強にもなる作品。青春物語でもある。毎回最後の裏エピソード(?)を描く部分が好き。

 

62. となりの吸血鬼さん(2018秋)

OP…A4+B5

ED…B1+(C4→次回予告)

次回予告…ED同化+シーン重ね映像

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆☆

心えぐり度…☆

人間と吸血鬼(めちゃくちゃかわいい)の百合。やばい。すこ。尊い。まじで良さしかない。単に百合ってだけじゃなくて、吸血鬼の設定が凝っててそれが面白さを出してるのが本当に良い。たぶん出てくる男性が主人公の父親(良い人)だけ。もはや嫌いになる要素が一切ない作品。当時あまり話題になっていなかった気がするけどぜひ観て欲しい作品。観て。2期待望。

www.nicovideo.jp(OP映像は02:40あたりから)

 

 

63. Angel Beats!(2010春)

OP…C3’+(A5→A1)/C6’+A5(3話)

ED…A2

次回予告…シーン重ね音声・文字

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆☆

AB。「死んだ世界戦線」の戦い(?)を描く作品。(ネタバレのため削除)ゆえに毎回OPとEDの映像が少しだけ異なってくるところ、こだわりを感じる。全体として見たらめちゃくちゃ感動できる青春作品だが、アクションとコメディとシリアスが良いバランスで入っている。普通に泣ける。そしてなんといっても音楽がめちゃくちゃ良い。間違いなくアニメ史に残る名作。全人類観てください。ちなみに個人的にはTKがめちゃくちゃ好き。

 

64. Charlotte(2015夏)

OP…A14

ED…C2

次回予告…なし

頭空っぽにして見られる度…☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆

思春期症候群……じゃなくて、思春期の少年少女のごく一部に発症する「特殊能力」を消していくために尽力する、星ノ海学園生徒会とその周囲の物語。第1話を観ただけでは乙坂有宇のクズっぷりがイライラするレベルであり、そして彼はシスコンゆえに第7話あたりでもクズになるが、それでも成長していく。同じ麻枝准作品のAB同様、音楽が名曲だらけであり、さらにコメディ要素のバランスが良い(ただし主に第5話まで)。第5話までと第7話からでテイストが結構変わるので覚悟を。最終話の情報量が多く、「最終話の内容を何話かかけてやった方が良かったのでは」という意見を私の周りで聞いた。ちなみに地図が使われることもあってか「協力 国土地理院」とかいうのがあったりする。実は私が初めて全話視聴した深夜アニメの作品がこれ(2015年視聴)。

www.nicovideo.jp

 

65. ハナヤマタ(2014夏)

OP…B3’+A1

ED…B24

次回予告…OP曲+シーン重ね

頭空っぽにして見られる度…☆☆☆☆

心えぐり度…☆☆☆☆

女子中学生が「よさこい」を頑張る作品。最近再放送された。ストーリー自体は割とありがちな展開だが、特に主要登場人物5人の葛藤などをめちゃくちゃ丁寧に描いているのが良い。きらら作品にしてはめちゃくちゃ感動できるアニメ。イチオシ。

www.nicovideo.jp(OP映像は00:31あたりから)

 

 

それでは次の記事に続く。

[自省12]卒業の季節と、時の流れと、薄れていく人間関係に寄せて

もうすぐ21歳らしいね。来年卒業らしいね。

 

 

 

3月は別れの季節である。ちょうど今日、東京大学でも学位授与がなされ、4年生の先輩方が社会あるいは大学院へと巣立っていく。

……ふと考える。ここで別れていった先輩方とは、今後関わることはあるのだろうか。今後の人生において、これらの先輩方の存在が大きく影響するライフイベントは、発生するのだろうか。「学部生」「サークルの仲間」といった共通点が消滅することで、「かつて知り合いだった疎遠な人」に成り下がらないだろうか。

今春卒業する先輩方は一個上であり、昨年までに卒業した先輩方より親密に関わっていたが故に、むしろそのようなことを考えずにはいられない。

 

 

思えば私は、過去の人間関係にこだわらない人間であった。というか、人間関係そのものにこだわらない人間であった。

中学を卒業する際には、好きだった仲間との別れに目頭を熱くした。しかしながら高校に入学するとそこで新たな人間関係を築き、中学の同級生とはすぐに疎遠になった。習い事も部活も同じで、くだらないやりとりばかりしていた腐れ縁の友人も、高校入学後しばらくすると連絡を取らなくなった。

中学を卒業する際、習い事をやめた。その習い事を通して仲良くなった仲間もいた。しかしながらやめた後、彼らとは一切連絡をとっていない。

高校時代、ある全国大会に出たことがあった。そこで全国の高校生と交流した。せっかく会ったのでとLINEの交換もした。しかしながらLINEでのやりとりは、長くて3日で途絶えた。

高校(男子校)の文化祭でフォークダンスがあり、友人が連れてきた他校の女子高生と踊ったことがあった。いろいろ話をした。しかしながら連絡先を交換せず、かつ連絡先を交換しなかったことを一切後悔しなかった。

高校の同級生や大学のクラスメート・サークル仲間などは、基本的にLINEを持っているので常に連絡を取ることができる。しかしながら(特定一部の親しい友人を除き)その人に用がある時にしか連絡しないため、サークル内での仕事など「その人と私を繋ぎ止める存在」がない限りは連絡せず、かつてお世話になったような人でも疎遠になっていく。

そもそも私は、特定個人への関心が薄い。特定個人と積極的に親しくなろうと努力することはなく、大学という疎な環境において構築された人間関係は、私の周りにおいてはほとんどが薄っぺらい。サークルなどにおいても、自分以外でグループが構成されていき、自分は「誰とでも話せるけど誰とも特段親しくない」という中途半端・真っ先に切り捨てられる位置に落ち着く。

 

 

このような過去を振り返る限り、私は卒業した先輩方と今後関わることは、ほとんどないのだと考えられる。寂しいものである。

 

 

……ここで「寂しい」と感じるということは、いくら特定個人に無関心と言っている私であっても、心の底には特定個人への関心があるということだろう。

わかる。「この人と今後関わらなくなることが寂しい」という感情の存在が。「この人ともっとお話ししたかった」という感情の存在が。

「じゃあ連絡取れば良いじゃん」と思われるかもしれない。だがコミュ障にとって、特に用がないのに連絡をすることは至難の業である。そもそも私自身は「誰とでも話せるけど誰とも特段親しくない」という位置にいるため、その人とも以前から特段親しかったとは限らず、突然連絡しても「なんでこいつから連絡が来たんだ?」という感じになりかねない。

 

 

……そのようなことを危惧し、連絡を取らない結果として、人間関係の疎遠化は進んでいく。

そして「この人ともっとお話ししたかった」という感情は、時が経ち新たな人間関係が構築される中で薄れていき、結局その人とは疎遠なままで終わる。

時の流れは、コミュ障っぷりと相まって、私の中の特定個人への関心を薄くしていく。

 

 

ところで私は、現在3年生だ。ということは、順調にいけば来年の今頃には大学を卒業するということである。まったく、時の流れは早いものだ。

2011年に地上アナログ放送が終了した際、移行措置としてケーブルテレビなどを用いたデジアナ変換が、2015年まで提供されると聞いたものである。その時は「遠い将来だな」と考えていたが、その将来はいつの間にかやってきた。それどころか、もうそれから6年が経とうとしている。6年というと小学校入学年限だから、相当な長さである。

2013年の秋、2020年に東京オリンピックが開催されることが決定した。その時の驚き、駅前で号外を受け取ったこと、私自身は鮮明に覚えている。その時「東京オリンピック」というのは7年後、遠い将来だと思っていた。しかしながら2020年はすでに終了した。

先日をもって、東日本大震災から10年が経過した。来月には熊本地震から5年が経過することとなる。あのニュースを見た時の衝撃、計画停電で早めに寝た記憶、最近あったことかのように思い出すことができる。しかし実際は遠い昔の話であった。

おそらく、これからの1年もあっという間に経過する。気づいたら私も卒業生になっているのであろう。(まあ無事に卒論が受理されたらの話であるが。)

そして同時に、自分自身が思うよりあっという間に、人間関係の疎遠化は進展していくのだろう。

 

 

時の流れといえば、実は明日が私の誕生日であり、私は明日をもって21歳になる。また一つ歳をとる。

これまで、誕生日というのは自分の成長と可能性の拡大を自覚できる、自分にとって喜ばしい存在であった。しかしながら最近は、誕生日を迎え歳をとることが怖くなってきた。

おそらく、これからは自身の可能性が縮小していく方向に人生が進んでいくからであろう。

 

 

大学生というのは自由な存在だ。勉学もアルバイトも遊びもサークルもできる。

大学生の時期というのはキラキラした時期だ。大学の友人と、大学生らしい遊びをし、青春を謳歌することができる。

大学生というのは可能性に満ちている。まだ何者にもなりきらない、これからの社会にとっての期待の星。

……そんな大学生も、私にとってはあと1年である。名残惜しいものである。

 

 

これまでの記事でも何度か触れてきたことではあるが、私には「青春コンプレックス」ともいうべきものがある。人間関係の構築に成功せず、人を好きになることができず、主にフィクションにおいて描写される「青春」を謳歌できなかったことに対する未練と、それが未来永劫実現困難であることに対する絶望である。

まだ大学生である限りにおいて、「青春」を取り戻せる可能性はゼロではないが、いざ大学生という立場を脱却すると、それは限りなくゼロに近くなる。

そして一生「青春コンプレックス」を抱えながら生きることになる。

そんな将来が、怖い。

 

 

おそらく私は歳を経るごとに、深い人間関係の構築が不得手になってきている。それどころか最近では、新たな人間関係の構築が怖くさえなってきた。

しかし現実は残酷で、そのうち「結婚」などという言葉が頭を離れなくなることだろう。しかしながら私は、それほど深い人間関係を築ける自信がない。

あるいは仮に結婚できたとして、結婚式に誰を呼べるのだろう。大学時代からも時が経つから、大学時代の友人とも疎遠になって、その人たちを呼ぶのにも負い目を感じるようになっているかもしれない。

 

 

……などと考えつつ、時は止まることを知らない。

結局、時の流れに身を任せつつ、「まあなんとかなるでしょ」の精神でやり過ごしながら、21歳の誕生日を迎える。

[主張25]猫嫌いと、価値観への懐疑

なんでみんなあんな無能生物を好むんだよ(暴言)。あんな奴が可愛いと思われる価値観そのものをひっくり返してやりたいよ(暴言)。

※この記事に書いてあることは完全に個人の主観であり、愛猫家を真っ向から否定するものではないことは、最初に留意いただきたい。

 

 

猫が嫌いです

 

突然だが、私は猫が大嫌いだ。

私以上に猫を嫌っている人間はそうそういないだろう、と思う程度には大嫌いだ。

 

「そいつら」は、いつからだか我が家のそばに現れるようになった。私は生物含めて「特定の他者」に関心の薄い人間のため、突如現れた「そいつら」のことも特段気にしなかった。そんなの気にするよりは、自分のことを気にした方がよっぽど良いからだ。

しかしある時、「そいつら」は私の親に連れられて我が家の中に入ってきた。突然我が家はペット持ちの家になった。親は「そいつら」のためにトイレとケージを買ってきた。「そいつら」はどんどん成長して活発に動くようになり、ケージはどんどん大きくなり、家の階段の前には(侵入防止の)扉ができた。「そいつら」は何も気にせず走り回り爪を研ぎ、家の壁を大幅に傷つけた。

別にそれだけなら無視すれば良いだけなのだが、厄介なことに私の生活を侵害し始め、無視できない存在となった。親が不在の時、餌を与えるのが私の役割となった。米袋を「そいつら」が襲うのを防ぐために、米袋を入れるための大きな木箱を作らねばならなくなった。こたつでぬくぬくしようとしても、「そいつら」が否応なく私の邪魔をしてくるようになり、パソコンや図書館の本を置くことさえ迂闊にはできなくなった。リビングに干してあるワイシャツなどが「そいつら」の侵害を受けるようになり、即座に洗濯物を回収しないと酷い目に遭うこととなった。「そいつら」は爪を立てながら私の足をよじ登ろうとし、私に傷を負わせた。食事をするにも「そいつら」が食べようとするのを防がねばならなくなった。「そいつら」はしまいには家の階段の扉を勝手に開け、2階で私が講義をしているのを邪魔し、私の所有物を漁るようになった。そもそも「そいつら」はやたらうるさい声で鳴き、私にとっての騒音そのものとなった。

「そいつら」という一切歓迎していない存在により日常生活が邪魔され、「そいつら」を無視することもできず、私は平穏な生活を侵害された。ついには、「そいつら」がいないというただそれだけの理由で一人暮らしをしたくなったレベルである。

 

妹は「〇〇たん可愛いのう」としつこいくらいによく言う。母親は猫撫で声(正直気持ち悪い)で「そいつら」に話しかける。父親は「そいつら」を目前にすると謎の動きをする。少なくとも、私以外の家族が「そいつら」を可愛がっているのは事実である。また家族以外でも一般の人間は猫に対して「可愛い」との感情を持つらしく、猫単体のみならず「ネコミミ」など猫から派生したものも「可愛い」とされる現状である。

しかし私は「そいつら」を一切可愛いと思わない。勝手にやってきて勝手に人間のリソースを食って、それでいて人間に対して何のリターンももたらさない、ただの図々しい生物である。邪魔者でしかない。あと、いろいろな人がハンドルネームなどで「〇〇ねこ」を名乗るのは気持ち悪くてたまらないし、「かまってにゃん❤️」「にゃーん」みたいな言い方は吐き気が出るほど嫌いになっている。マジで滅びろ。

私以外の人間の「可愛い」という感情のために、私の生活は犠牲になっている。

 

私はかねてより他者に関心の薄い冷酷な人間であり、それを見かねた親が「猫を飼えば少しは暖かい人間になるのでは」と言った。ペットを買えば愛着が湧く、という考えゆえのものであろう。私だって最初はそれを期待していた。

しかし実際は時間が経ったところで、可愛くないものは可愛くない。それどころか、ペットとして飼うことになったことであらゆる負の側面が明らかになり、それまで「好き」とも「嫌い」とも思っていなかったものが「大嫌い」になった。さらには時間が経つごとにどんどん活発になりうるさくなるため、鬱陶しさが増す。ただそんなことを親に言っても「意地を張るなよ」と言われ、友達に行っても「そう思う君は人間として失格」みたいなことを言われる。いや私は本気で「そいつら」を嫌っているんだって。

気になる存在と接触する回数が多いとそれに対する感情が大きくなっていく、という「単純接触効果」が存在する。主に恋愛の場面で用いられる理論だが、異種族間においても当てはまることであろう。それが私の場合は、「嫌い」という感情を助長する方に働いた。

猫を飼えば必然的に「可愛い」という思いと愛着が湧く、という実際は何の根拠もない考えを押し付けられ、それが成り立たない私は「おかしい」「失格」ものとされる。

 

人間の悪口を滅多に言わない(そもそも他者に興味がないしわざわざそれを探すことに価値を感じない)私であるが、「そいつら」に関しては否応なしに生活を侵害してきて構わざるをえないため、ヘイトレベルのとんでもない悪口が数々思いつく。「人間なしに生活できない下等生物」「ネズミがいなければ『可愛い』以外の一切の価値を人間にもたらさない無能」「それどころか人間および人間の所有物を傷つけるマイナスの存在」「『可愛い』ただ一点において辛うじて人間に欲されるだけの雑魚」「リターンをもたらさないくせにやけに餌をねだりにゃーにゃーうるさい声で鳴く我儘と図々しさ満開の生物」「人間の赤ちゃんと違って、成長が一切人間の期待につながらない、なぜ育てるのか意味がわからないレベルのカス」……流石にここらへんでやめておこう。

 

 

「犬が苦手」は許されて「猫が苦手」は許されづらい謎

 

たぶん、犬が嫌いあるいは苦手な人は多くいると思う。現に私も、歩いていて知らない番犬にひたすら吠えられた経験は腐るほどあるため、犬は苦手だ。

一方で「猫が嫌い」「猫が苦手」という声はあまり聞かない。犬の方が番犬としての役割を果たすし利口なのに、そんな犬より無能(過激表現)な猫が嫌われないというのは、本当に謎な現象である。

その理由は「犬は人を襲いかねないが猫は人を襲わない」といったところなのだろう。……いや、猫って本当に人を襲わないのか? 少なくとも私は脚を襲われ出血したが。

 

「猫は可愛い」「全人類は猫を好きである」といった価値観が、もはや社会全体を支配しているように思える。そして多くの人は、その価値観に対して一切疑いの目を持たない。

しかしよく考えてみると、「可愛い」と思われるような犬ですら「苦手」「嫌い」という人は存在するのであって、「可愛いから全人類は好きである」という理論は一切正しくない。

現状は、なぜか猫という特定の種だけが「社会の価値観」という謎の力により守られている状態である。

 

特定生物にだけ当てはまる謎価値観を、堂々と展開しないでくれ。

 

 

現代人はそもそもなぜ猫を飼うのか

 

ネズミが家の中にいることも無くなった現代、なぜ猫は飼われるのか。

私は猫を積極的に飼う理由が一切理解できないため、この問題を考えずにはいられない。

 

まあ答えは結局「可愛いから」「癒しになるから」なのであろう。

現代の猫は愛玩動物である。現代人は生活において様々な苦しみを抱えており、猫はそれを癒してくれる存在として機能するのだと思われる。おそらく他の愛玩動物であるハムスターなんかも同様だ。

 

……だからこそ、「癒し」を求めない&「可愛い」という感情を持たない人にとって、実際猫というのは無意味そのものなのである。少なくとも私には猫は不要だし、メリットが存在しない分デメリットが大きく出て邪魔者となる。

だが、社会の価値観として「猫は可愛い」「全人類は猫を好きである」というものが存在し、猫という存在が無意味となる「癒し」を求めない&「可愛い」という感情を持たない人の存在は無視される。

……特定の価値観にそぐわない人を無視するって、それセクシュアルマイノリティに対してやったらやばいって分かるよね??? 猫の好き嫌いだって極端な話、同じだと思うよ。

 

その勝手な価値観で、一部の人間を無意識に抑圧しないでくれ。

 

 

なぜ「猫を守らねばならない」「猫を虐待してはならない」「猫を殺してはならない」のか

 

猫を積極的に飼う理由は「可愛いから」「癒しになるから」だろうが、飼うきっかけとしては我が家のような「野良猫として迷い込んできたから」「かわいそうで、保護する必要があると感じたから」というのも考えられる。

……だが本当に、「人」という自らの種の保存に一切関係のない猫という存在を、「かわいそうだから」などの理由で守らねばならないのだろうか。

 

私は冷酷な人間なので、他者の生命というのにそれほど関心がない。それでもなんとか人を傷つけず殺さずに生きているのは、「法律で明確に罰せられるから」「周囲の信頼を失うから」以外に「その人も自分と同じように懸命に人生を生きている存在だから」というのがある。しかし猫においては、人間とは異なる存在であり「自我」が存在しないため、殺さないことにおいて「その人も自分と同じように懸命に人生を生きている存在だから」という理由は存在し得ないはずである。

一方で動物愛護団体などの影響により、猫を虐待したり殺したりするのは非道とされる。その理由は「かわいそうだから」であろう。

……だが本当に、「かわいそうだから」という理由で虐待や殺害を行わないのは自明なのだろうか。

 

そもそも「かわいそう」というのは完全に人間のエゴである。猫が保護されないことや虐待や殺害を「嫌」と思っているかは本当はわからない。それどころか、本来の生物システムにおいて弱者(猫)が強者(人間)に危害を加えられることは自然の摂理ともいえ(※この理論は割と怪しいので読者は容赦なく突っ込んでほしい)、人間が猫を守ることは決して自明ではない。

 

異なる種のことを勝手に理解した気持ちになって、謎のパターナリズムをさも当然のように展開しないでくれ。

 

 

去勢は「かわいそう」というけれど

 

私の母親は「そいつら」の去勢手術が終わると、「かわいそうでしょう」と私に向かって言った。

でも去勢は、人間の生活を守るために仕方ないことである。避けることはできない。私は「人間に見つかってしまったのが運悪かったな」と言った。

そもそも「そいつら」は、人間に捕まってこのように育てられなければ、完全に野良のままであれば、わざわざ手術を受けることもなかったかもしれない。繁殖期になる前に、早いうちに死んでいたかもしれない。「かわいそう」とはいうが、「そいつら」をその状態にした犯人の1人は拾ってきた母親よ、あなたである。

 

答えに窮するような問いを、さも自分は一切悪くないかのように出さないでくれ。

 

 

ゴキブリって「可愛くない」ですか?

 

猫と正反対のイメージを持たれる生物といえば、まずゴキブリが存在するだろう。あらゆる人類に(なぜか)好まれる猫と異なり、ゴキブリはいるだけで「気持ち悪い」と言われ駆除の対象となる。

猫が大嫌いな私から言わせてもらえば、この場合ゴキブリだって「かわいそう」である。ゴキブリの場合、人間から「積極的に殺すべきもの」と認識されていることがさらにかわいそうである。

 

謎の価値基準で生命に順位をつけ、その中で「かわいそう」を決めないでくれ。

 

 

まあどうしようもないんだけどね

 

こんな感じで色々と猫に対して恨みごとを言ったところで、私の生活は変わらない。そんな簡単に解消できる関係性ではない。大嫌いな存在が生活の一部になっている、この状態はしばらくは変わらない。 

 

というか私は「そいつら」に対して「消えてほしい」とは思うが「死んでほしい」と思っているわけではない。というのも、別に「そいつら」は猫として生を全うしているだけであり、「そいつら」に罪はないからだ。

だからこそ、この問題はどうしようもない。

 

正直、やはり私が家を出ていくことが最適解のようである。まあ就職まであと1年ちょいの辛抱か。

 

若者、猫に家を追い出され(そうにな)る。

[自省11]2020年を振り返って

2020年最後25分になってから書き始める文章。

 

 

 

2020年が終わる。

一言で言って仕舞えば、今年は「波乱の1年」だった。当然である。

 

 

新型のウイルスが世界中で大流行し、我々の「普段の生活」は失われた。「当たり前」が崩れ去り、数々の予測できなかったような変化が生じた。

大学生は講義をオンラインで受けるようになり、サークル活動なども通常通りに実施できなくなった。学園祭はオンラインになった。参加しようと思っていたプログラムは感染拡大防止のため中止された。またインターンシップの一部がオンラインで開催されるようになる一方、業界によっては新卒採用を取りやめ、就活の様相は大幅に変化した。

そして通学の消滅は、我々の生活そのものにも変化を加えるようになった。通学定期券が消滅したこともあって、埼玉在住の私は都内で友人と会うことが少なくなった。大学の図書館に行くことも少なくなった。

……私自身が2020年を通して感じたのは、「当たり前」の脆さと将来の予測不可能性である。

 

 

それが長期間続いた。今や「普段の生活」が失われるというより、新たな「普段の生活」が形成されつつある。

基本的にマスクを着用する。三密を避けるために換気がなされる。多くの場所で手指の消毒を行う。風邪をひいたら休む(というか休まされる)。毎日通学はしない。イベントはオンラインが原則。多くの人がzoomを使える状態。

……私自身が2020年を通して感じたのは、「普段の生活」というものの可変性である。

 

 

ただ一方で、変わらないものもある。

今や第三波が来ていると言われるが、会食を自粛する動きは春ほど見られず、人と会って飯や酒を入れる人がいる。「オンライン飲み会」なるものが誕生したが、それは人口にめちゃくちゃ膾炙したわけではない。偉い人が会食をしたとの記事もあった。「人と会い一緒に食べたり飲んだりする」ことの価値というのは、変わらないようである。

……私自身が2020年を通して感じたのは、「普段の生活」が変容しても変わらないものの存在である。

 

 

そのような状況下、主に通学の消滅により、私には新たなる空き時間や金の余裕ができるようになった。それを踏まえてバイトの時間が短縮し、睡眠時間が増加し、趣味の一つであるアニメ視聴にかけられる時間も増えた。何かができない代わりに、それに代わる別の価値を有するものに時間を当てることができた。

……私自身が2020年を通して感じたのは、危機的状況・制限のある状況における時間の有効活用の可能性である。

 

 

医療従事者は苦しみ、医療優先を声高に要請する。一方で観光業従事者や飲食業従事者も苦しみ、経済優先を声高に要請する。どちらの言い分も分かるし妥当である。だが、この両方を実現させることは非常に難しい。

……私自身が2020年を通して感じたのは、異なる立場の人間における議論の難しさと、すべてを解決する策の不存在である。

 

 

これらを感じさせてくれた、そんな波乱の1年であった。

 

 

4年しかない大学生活の貴重な1年である。「こうなってほしくなかった」という思いも当然存在する。

だが、この1年を通して、この1年を経験しなければ学ばなかったようなことも学べたと思う。

波乱は、私にいろいろなことを教えてくれた。

 

 

おそらくこの生活は、2021年に入ってからもしばらく続くと思う。

「やりたいことができない状況」が早く改善してほしいと思いつつ、それまでの生活も、まだ楽しんでいきたいものである。

 

 

2020年は大変お世話になりました。

2021年も引き続きよろしくお願いします。こちらのブログも更新して参りますので、ご愛顧お願いします。

[拗人9]他者への無関心の成れの果て

特定個人を好きになれるって、それだけで素晴らしい能力だよね。……と、個人に対して無関心な私は思うのでありました。

 

 

個人への無関心

 

つくづく私は、自分以外の個人に対する関心が薄い人間だよな、と思う。

 

私には、恋人がいない。昔から常に一緒にいる「竹馬の友」と言えるほどの幼馴染がいない(親しい幼馴染自体はいるが)。なんでも打ち明けられる心の友だってそれほどいない(いる分にはいるが)。

しかも幼馴染や心の友だって、いたとしても全然依存しない。

 

これは別に人間不信というわけではない。

ただ、私が個人に対して関心が薄すぎるだけなのである。

 

 

人見知りしない、人の顔を覚えられない、周囲の人間関係に疎い、芸能人に興味ない

 

私は一切、人見知りをしない。初対面だろうが一切緊張せず、あたかも以前から知り合っているかのようなテンションで話しかけることだってある。

これは一見、とても良いことだ。しかしながらこれは裏返すと「たとえ知り合いであっても初対面と同じようなテンションで話す」ということである。つまり、([主張6]でも触れている通り)相手にとっては私はよそよそしく見えるということである。

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……こうしてみると、一気に印象悪く聞こえるね。

私には「とりあえずあらゆる人に対してとる態度」というのがある。あらゆる人に対して、初対面であれ知り合いであれこの態度をとる。

 

私は、人の顔を覚えるのが著しく不得手である。新しく覚えるどころか、以前親しかった人の顔を思い出すことすら不得手である。このせいで、知り合いにあっても「あれ、あなた誰だっけ」となって「とりあえずあらゆる人に対してとる態度」を取ることがある。

 

私は、自分の周囲にある人間関係に著しく疎い。誰が誰を嫌っている、誰と誰が付き合っている、そういうことは誰かを通してゴシップとして認識するのみである。自ら積極的に「その個人」の人間関係を知ろうとはしない。

 

私は、芸能人に対する興味がとてつもなく薄い。人の顔を覚えるのが苦手というのと相まって、誰が誰だか分からないしそれに詳しくなろうともしない。誰が誰と熱愛とかそういう報道にも一切興味がない。

 

これらはなぜかというと、私にとってそういう人はただの「私でない人間A」でしかないからだ。

 

 

「私でない人間A」

 

私にとって、特に親しい一部の人を除くほとんどの人は全員、「その人しかいない個人」でなく「ある個人」として捉えられる。

私が一番大切にしている「私個人」でない限りにおいて、みんな「私でない人間A」なのだ。

 

その人はたとえ私の知り合いであっても、私の人生に大きな転機を与えるわけではない。その人の思いがどんなであれ、私を大きく変えるわけではない。その人の人間関係がどんなであれ、私の生き方には関与しない。もしかすると私に大きな影響を与えるのかもしれないけど、その人が関わる人ってのは私以外にもいるし、その確率ってのはわずかだ。

そんな人のために自分の貴重な時間を割こうとは、それほど思わない。だいたい私は自分を大切にするし、自分以外にすぐ影響されるほど柔ではない。

だからこそ、必ず影響を与えてくれる特別な存在でないという意味で「私でない人間A」。

 

逆も然り。私はたとえその人の知り合いであっても、その人の人生に大きな転機を与えるわけではない。私の思いがどうであれ、その人を大きく変えるわけではない。私の人間関係がどんなであっても、その人の生き方には関与しない。もしかすると私が大きな影響を与えるのかもしれないけど、その人が関わる人ってのは私以外にもいるし、その確率ってのはわずかだ。

そんな人のために自分の貴重な時間を割こうとは、それほど思わない。だいたい私は、自分を大切にするし、自分以外の人に影響を与えるモチベはほとんどない。

だからこそ、必ず影響を与える特別な存在でないという意味で「私でない人間A」。

 

そんな「私でない人間A」個人には、ほとんど興味が湧かないのである。初対面だろうが知り合いだろうが気にしないし、顔がどんなかもそれほど気にかけないし、どんな人間関係を持っていようとどうでもいいし、有名だろうがなんだろうが知らない。

その人個人の内面を知ったところで得られるものはあまりないから、そんなのはどうだっていい。

 

ただ私は、「私でない人間」は全員区別する。その証拠というか分からないが、私は人の名前を覚えることだけは苦手でない。

だから「私でない人間A」「私でない人間B」「私でない人間C」……。

 

彼ら彼女らが私の中で「私でない人間A」でなく「特別な個人」になるには、結構なステップが必要であろう。

だが私は「私でない人間A」への関心が薄いため、そもそもこのステップが進みづらい。

 

 

「人間一般」に関心がある

 

それでも私は、人との交流を断とうと思ったことはない。人間自体に一切が関心ないわけではない。

 

たぶん、「人間一般」に関心があるんだと思う。

例えば「私でない人間A」がどういう人間関係を持とうが知らないが、「どういう経緯で恋仲になったのか」というのは「人間一般が恋仲になる経緯の1つ」ということで非常に興味がある。「私でない人間A」が私のことをどう思おうが知らないが、「私を嫌っているか」というのは「人間一般が私に対して抱く思いの1つ」ということで非常に興味がある。

 

ちなみに私はTwitterやこのブログに思考を垂れ流すのだが、これは「人間一般が私の思考に対してどう思うのか」というのを知りたいからである。「『私でない人間A』がどう思うか」はどうでもいいから、特定個人にのみ送りつけるようなことはしない。

 

また、私が「私でない人間A」を思いやるのは、たぶん「その人を思いやって」というよりか「人間一般を思いやる一環として」もしくは「人間一般に対する自分の社会的地位を維持するため」である。

 

 

「人脈」という不思議な言葉

 

私は、人脈が豊富な方だと自覚している。

いろいろな活動に手を出していることで「知り合い」は非常に多く、また無難な性格が幸いして多くの知り合いとは良好な関係を維持していると思う。初対面でも臆せず話せる性格(後述)ゆえに新たに知り合い関係を作るのも難くなく、1つの組織内でも顔は狭くないと思う。

 

ただ、それは「友達が多い」を意味しない。

というのも、個人への無関心が災いしてその知り合い個人との連絡を密にせず、心理的距離が狭まらないどころか離れていくのである。個人に対する関心が薄い私にとって、知り合いは一定程度親しくならない限り「特定の名前を持つ『私でない人間A』」の域を脱しない。そして「私でない人間A」である限りにおいて、私はその個人を特別に誘うこともなく、結局ただの「知り合い」であり続ける。

そもそも、大量にいる知り合い全員とコンスタントにコミュニケーションを取るなんて至難の技であり、人脈の広さは(これは[主張6]でも言ったことだが)人脈の維持コストの高さゆえに、深い交友関係に対して負の影響すら持ち得る。

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私は現在サークルの1つを休んでいるのだが、それを親に話したら「下級生の他大女子との人脈が……」など言い出した。私からしたら非常に気持ち悪い発言であるが、「気持ち悪い」以上に「たとえ人脈があったとして効果はあるのか?」という思いもある。

私はすでにある程度の人脈がある。東大以外の大学生との人脈もあるにはある。おそらくこれ以上に人脈を増やしたところで、コストがかかるだけである。むしろ今持っている人脈を維持することの方がよっぽど大切だろうが。

 

ところで広い人脈というのは「『私でない人間A』を知っている人との話のタネになる」という効果もある。もはや今後の私が人脈に求める第一の効果ってのは、これなのかもしれない。

 

「人脈」というものは広ければ広い方が良いもの・広げておくべきものと盲目的に考えられがちだが、そうとも限らないのである。

 

 

プライドが阻む信頼関係

 

人脈の果たす役割としては、「セーフティネット」すなわち「困ったときに頼るアテがある」というのがあると思う。

 

ただ、私はこれを使いこなせない。

というのも、私はプライドが高いがゆえに「困ったときに頼らない」というか「頼れない」からである。まず自分のことは自分で蹴りをつけたいと思うから、積極的に頼ろうとは一切思わないのである。

そもそも「私以外の人間A」であり特別でない存在の中から、誰かを選ぶすなわち「特別な存在」とするというのが非常にハードルが高いのである。これは私が「誘う」という行為が苦手なのともつながるが([拗人3]と[拗人8]にも書いている)、「私以外の人間A」に序列をつけるのは困難なのだ。

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そして、困ったときに頼らないからこそ、その人との信頼関係も醸成しづらい。そしてそれが、「私以外の人間A」から「特別な個人」への進歩を阻むこととなる。

 

 

人間関係についてだけ自信がないわけ

 

私は自分に対する自信、「自分が自分にとって魅力的である」という自信はとんでもなく強い。一方で、「自分が他人にとって魅力的である」という自信はとんでもなく弱い。

 

自分は他人にとって魅力的でない、というか自分は他人にとって魅力的であり得ない、と考えてしまうのは「自分はその人を特別に思えないから」である。

私は前述のように、知り合いであっても「私でない人間A」として扱ってしまい、「私でない人間A」から「特別な個人」への進展が起こりづらい。私がその人を「特別な個人」として扱えない以上、その人との関係は深まりづらく、私がその人にとって「特別な個人」になることも難しい。それゆえに、私はその人にとって魅力的たり得ない。

 

 

恋愛や結婚に絶望的に向いていない

 

さて、現代社会における異性愛の人間では「男性が女性にアプローチする」というのが原則として求められる。

もちろん女性から男性へのアプローチもあるし、同性同士のアプローチもあるし、アプローチが存在しないことだってある。しかしながらこの社会では異性愛規範が強く働くうえに、男性側から告白やプロポーズを行うのが普通という価値観が(フィクション作品などを通して)存在するだろう。

この過程で、男性には「パートナーたる女性を選ぶ」ことが求められる。

 

だが、私にとっては恋愛対象は「私でない人間A」である限り差別化されない。(私は異性愛かつ交際経験皆無ゆえ)「私でない人間A」の女性であれば基本的に対象として眼差してしまうのだが、その先で「好き」と思うのにはとんでもないハードルが存在する。

告白とかプロポーズとかの対象として「特別な存在」となる存在なんて、果たしているのだろうか。少なくともこれまで生きてきた20年の中ではいなかった。

だいたい私は「お前しか愛さない」なんて言える気がしない。その人は本当に「私でない人間A」を超え、他の「私でない個人A」と差をつけて愛せる存在になるのだろうか。

 

だからこそ、私が男女交際とか結婚とかできる気は本当にしない。

私が拗らせているのは、こういう背景もあるのである。

 

 

それは本当に「羨望」なのか?
 

私は、大学入学以降に知り合った人々と、「サークルなどの団体全体で行われる行事」「団体全体に対して募集がかけられる行事」を除いて一泊以上のイベントをしたことがない。宿泊を伴う旅行のみならず、誰かの宅で行われるオールだって経験したことはない。そもそも大学入学以降に知り合った人々とは、個人的な日帰りの遊びだってほとんどしたことがない。

すなわち私は、「私」という個人として誘われることもなければ、「誰々」という個人を誘うこともない。これはほとんどの人が「私でない個人A」の域を出ないというのもあるだろう。

 

さまざまな場面で、人の惚気を聞くことがある。それはすなわち、その人は恋愛および男女交際をしているということである。

インスタなどを見ると、人が友人と旅行している姿が見える。それは時に、男女のペア(付き合っているか否かを問わず)であることもある。

私は[拗6]で述べた通り「普通の恋愛関係」というのに興味があるし、「普通の大学生の旅行」というのに興味がある。

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これは「人間一般」への興味ともつながる。それもあってか、そういう旅行には憧れることもある。羨ましいと思っているのかもしれない。

 

……だが、それは本当に「羨望」なのだろうか。

正直なところ、「私でない人間A」によって時間が奪われるというのは、自分の時間を大切にしたい私にとっては望ましい事態でない。「私でない人間A」としての大学以降の友人と遊ぶことも、「私でない人間A」としての異性と付き合うことも、宿泊を伴う長時間のもの・関係性が形成されたゆえに長期間継続するものとなることで時間を奪われるのは、本当に羨ましいとは限らない。

……とりあえず憧れているのだと思っていたけど、実はそれが実現したところで、自分にとって理想ではないのかもしれない。この羨みというのは、実態を伴わないものなのかもしれない。

 

そもそも私は、恋人という存在自体を必要としていないのかもしれない。というのも、仮に存在したとして「私以外の人間A」であれば他の人と同じだし、だからといって「特別な個人」になるまでのステップは手間がかかるし、そもそも今の人間関係で事足りているのである。

 

 

「誰でもいい」のかも?

 

それでも私は、いわゆる男女交際を経験してみたいという思いが存在することは変わらない。

だがこれは、「男女交際」を経験するためなら誰でもいいのかもしれない。すなわち、女性であれば誰でもいいのかもしれない。「私でない人間A」でもいいのかもしれない。

 

でも、「私でない人間A」の中から相手を選ぶのが困難であるため、「誰でもいい」と言いつつその先は存在しない。

実は新たな人脈に「出会い」を期待することがあるのだが、それは新たに出会うすなわち以前の人間関係が薄い存在として、以前からの「私でない人間A」とは区別される「私でない人間A」を選択対象としようという思いがあるのかもしれない。

 

……なんて言うけど、結局結婚するなら「私でない人間A」のままでは不十分だ。だからといって結婚しないのは、老後に孤独になりたくないので防ぎたい。

すなわち、いずれ「誰でもいい」なんて言わずに「特別な個人」を作らなきゃいけないんだよなあ。

 

個人に対して無関心なのって損よね。

この先、私ってどうなるんだろ。