どこかのT大生の思考

不定期です。旅行と考えることが好きなT大生が、たまーに駄文を公開します。自身の生に関する思いを述べる「自省」、旅の思い出を記す「旅記」、社会に対して言いたいことを唱える「主張」、人間関係の悩みを書き散らす「拗人」、その他自分の姿や趣味などを自由に語る「特筆」の5つ。

[拗人3]「誘う」ということ

誘うってさ、意外と難しくない?

 

 

 

「誘う」という行為、これはそんなに単純じゃない行為だと思っている。私はこの行為、結構苦手だ。

 


誘う時、その人が自分に誘われて不快に思わないか、自分とともに行動して本当に楽しいのか、ということを考えてしまうからである。たびたび「自己肯定感が高い」と言っている私であるが、実は自分の他人からの人気に対して自信が根本的に皆無なのだ。誘って拒否されるのが怖い。

あと、「誰かを誘う」というのは「他の誰かを誘わない」というのの裏返しであり、ゆえに極端な言い方をするとある人間を「ハブっている」ということに繋がりかねない。例えばあるコミュニティにおいて特定の人間だけを誘った結果、そこで誘われなかった人間は無視されたも同然となりうる。

それと、もっと表面的な理由もある。それは「誘うにあたっては場所や時間などの準備を整える必要があり、誘う理由・目的も明確にしたほうがよく、それが面倒」というものである。そりゃ異性をデートに誘う時とか、あらかじめプラン立てといたほうがいいじゃん。なんか話し合う時も、どこか店くらい決めたほうがいいじゃん。でもそれってちょっと面倒。

だから、皆が軽々とこなしている「誘う」という行為でさえ抵抗があるのだ。

 


これはまあ、私の経験も影響している。

私は特定個人と深く仲良くなるのが苦手なため、気軽に誘ったり誘われたりする関係になりづらい。その結果、同一コミュニティに属する人間が私と一緒にいることを必ずしも望んでいないと思ってしまうし、実際自分だけが一切知らされず自分以外の皆が集まっていることもあり、その時は激しい悲しみを覚える。ちなみにかつて、目の前で「〇〇(私の本名)は別に誘わなくていいよ」という主旨の発言をされたこともある。こういうのって要は、彼らは私と一緒にいて楽しくないから無視するってことじゃん。そういうことがあった結果、自分のことを他人が誘う価値のある人間だと思えなくなった。自分に対する自信が低下した。

あと、私が実際にある人を誘ったところ理由を聞かれ、たわいもない理由しか用意していなかったために狼狽したことがある。誘ったけど場所を詳しく決められず、結局相手頼みになることもよくある。そして、自分が「誘う」にあたってしっかりと準備できるのかという自信すら失われてきた。

…「誘う」という簡単に見える行為だけで、(少なくとも私という個人は)これだけネガティブな感情を抱いてしまう可能性があるのである。

 


とは言ったが、私だって誘うという行為を積極的に行っていきたい気持ちもある。

先ほど述べた内容を裏返すと、「誘う」という行為は「その人と一緒にいてある程度楽しい」ということを意味するのだと思う。だから、その人との関係を継続するのに重要なのだろう。

そもそも自分は誰かに何かに誘われた時、それが実現しようがしまいが「誘われた」という事実だけで嬉しく感じてしまう。それは、自分がその人から「一緒にいてある程度楽しい」と思われているという証拠になり得るからだ。他者からの承認を強く求めている自分にとって、誰かから誘われる、すなわち誰かに承認されるというのは非常に嬉しいことなのだ。だからそのお返しとしても、誘うという行為は自分からもやっていきたいものだ。

あと、単に人と話したり遊んだりする時間が増えることで、得るものは増える。人と遊ぶとそれだけで楽しいし、人生相談はフィードバックが帰ってくるし、「久々に会う」なんかではその人の近況を知ることができる。それが楽しい。

 


私はこの夏休み、頑張って結構な人をご飯や遊びに誘っている。それはその人と関係を継続したいからであり、単にその人といるのが楽しいからだ。自分が相手から拒否られるかもしれないという恐怖はあったが、実際のところそんなことはなかった。ふつうに誘えた。

そして実際誘った人と話したりしていると、楽しいものだ。誘ってよかったと思える。

ここで、意外と誘うのって考えすぎなくていいのかもしれない、とも思った。…まあこれが「断るのも気まずいので嫌々行っている」である可能性も否めないから、誘う難しさってのは残るけど。

 


とにかく、この行為は意外と単純ではない。ただ、(こんな書き方するのはあんま好きじゃないけど)結構メリットがあるため、恐れすぎずに行っていきたいものだ。そして私自身、誰かに誘われたら積極的に参加したい。

 


これ、私という陰キャが人間関係を維持するため、かもしれないな。まあそれでいい。