どこかのT大生の思考

不定期です。旅行と考えることが好きなT大生が、たまーに駄文を公開します。自身の生に関する思いを述べる「自省」、旅の思い出を記す「旅記」、社会に対して言いたいことを唱える「主張」、人間関係の悩みを書き散らす「拗人」、その他自分の姿や趣味などを自由に語る「特筆」の5つ。

[自省6]ひねくれて、感情が変わって

素直に「悲しみ」や「怒り」の感情を抱けなくなって、かわりに「諦念」「怖れ」「嫉妬」「メタ的思考」とかが増えたのかも。

 

 

「死」の捉え方

 

中学校時代の級友が、亡くなった。突然のことだった。


つい3ヶ月前、成人式の時に会って話したばっかだった。身長が高くなった、と驚いたばっかだった。大学生活のことなど話したばっかだった。あの時は確かに、私の隣にいた。携帯の写真にもガッツリ写っている。

6年前、中3の時はクラスが一緒だった。合唱祭の時なんか、めちゃくちゃいい笑顔で歌っていて先生に褒められていた。ふと中学校の卒業アルバムを見ると、私と2人で写っている体育祭の時の写真があった。当時から、仲は良かったと思う。


その彼は、もうこの世にはいない。もう、二度と会って話すことができない。これからの同窓会でも、彼はいない。

素直にいけば、ここは深い「悲しみ」を味わうところだろう。

 


だが不思議なことに、私は「悲しみ」の感情を強く感じていないのだ。

今私の中にあるのは、明言できない複雑な感情のみ。言うならば「全く実感できない」という思い、「死」という得体の知れないものに対する様々な考察と恐怖、死の原因(この文章では言及しないでおく)への怖れ、そして「仕方ないのかも知れない」「どうせいつか死ぬんだから」という思い。そしてそんな自分の思いを考察し、この文章を書いているメタな自分。不思議と、涙は出てこない。

友人の死に接しても素直に悲しめない自分が、不思議に感じられる。ここは悲しむところだろうが。自分を悲しませようとした。それでも、涙は流れてこない。


「知人の死」は、これまでも3回経験したことがある。

1回目は小学校時代の同級生の死。彼は病気を患っていて、闘病中に夭逝した。入院していたためしばらく会っておらず、突然「亡くなった」と聞いても実感が湧かなかったというのは、当時も同じである。しかし彼の写真と棺の中の安らかな顔を見ると、自然と涙が溢れてきた。「悲しみ」を感じたのだ。そして、健康そのものだった私にとって「病死」は遠いもので、自分のことと考えて恐怖を抱くには至らなかった。また、「小学生にして病気で亡くなった」というのを非常に特殊なものと考えていた。

2回目は高校受験1週間前の祖父の死。祖父も入院中で、一回危篤に陥ったあと少し回復したが、闘病虚しく1ヶ月後に亡くなった。祖母家に行っても祖父がいないのは当たり前になっていたから、この時も死の実感までは時間がかかった。孫から愛されるしっかりした人ではなかったが、あのうるさい爺ちゃんがもう見られないと思うと、それは悲しくなったものだ。また、この時も「死」は自分にとって遠いものと捉えていた。しかしながら、この時は心のどこかに「まあ一回危篤になってるし、この時期に死ぬのは確実だっただろうから仕方ない」という思いが芽生えていた気がする。

3回目は、高2の時お世話になった教員の高3の時の死。異動しておりそれこそ「一生会わない」と思っていたから、実感は今でも湧いていない。あまり悲しくならなかったが、それは「前の2人と違ってあまり深く関わらなかったから」だろう。そしてこの時は、「老いぼれだし死ぬのも仕方ない」という思いもあった。でもまだ「死」は自分にとって遠いものだった。


そして今回。これまでとは異なり、割と親しかったのに明らかな「悲しみ」の感情は感じられていない。自分にも起こり得るものとして「死」に対する恐怖を感じ、原因となったものに対して恐怖を感じている。また彼は祖父や教員と違って若いのに、なぜか「死ぬのも仕方ないのかも」という思いを少し抱いてしまっている。そしてそんな自分を、こんなふうに文章化して分析している。また、彼がいなくなった実感は案の定ない。

「実感が湧いていない」というのは4回ともそうだし、時間の経過が解決してくれるだろう。問題は、それ以外のところだ。私の中での「死」に触れた時の捉え方や感情に、これまでの3回と比べて変化が生じていたといえよう。この文章では、その「感情」について扱おうと思う。

 

 

「死」に対する感情

 

「死」に対する恐怖。これは「恐れ」と「怖れ」に分けられると思う。「恐れ」の方で言えば、私は高校3年の頃以降から「死」の概念についていろいろ考えるようになり、考えても考えてもきりがなく解明できないことから、未知で得体の知れないものに対する「恐れ」をいっそう抱くようになった。「怖れ」の方で言えば、高校時代以降はヒヤリ・ハットの経験が増え、フィクションに触れることが多くなったこともあり「死」が自分くらいの人間でもいつでも起こりかねないと考えてしまい、はっきりと意識しているものに対する「怖れ」を抱くようになった。

原因に対する恐怖。こちらは「怖れ」だろう。今回の死の原因は、私が大学生になって初めて使うようになったものだ(細かな種類は違うが)。そして私は、それを使い始める時に死亡事故の重大性と発生のしやすさを痛いほど説明されており、だからこそ今ここで実際にそれによる死が起こると、自分も起こしかねないと再確認して「怖れ」を抱いている。

「死ぬのは仕方ないのかも」という思い。これは「死」について考える過程で「人間って誰もがどうせ死ぬよな?」「知り合いの死って自分が早死にしない限りは絶対に経験するんだよな?」と思ってしまったことや、死やその原因に対する「別にいつ来てもおかしくないよな?」という怖れが原因と言えよう。

自分の自分による感情分析。これは、大学入学以降さまざまな(たまに自分と異なる)思想・門地の人と話す機会を得て、その過程で自分の内面に興味を持ちメタ的に考えるようになったからだろう。

「悲しみ」の感情の不存在。これは、今述べたようないろいろなことを考えるようになってしまい、「素直じゃなくなった」からと言えるのではなかろうか。


つまり、私は高校時代以降の「哲学的思考」「知識の獲得」「経験の増加」「異なる思想との対話」などが原因となって、「怖れ」「メタ的思考」などを獲得し、かわりに「悲しみ」をかつてほど素直に感じられなくなった、とでも言えようか。言い過ぎを恐れずに換言すると、「成長の過程でひねくれた」ということだ。

 

 

感情の置き換え

 

ここからは「死」の話題からは離れる。

感じられなくなった悲しみは「友人の不幸」のみではない。自分に降りかかった災難もだ。

中学1年生の時、私の物言いと担任の不適切な対応が起因となって、私は同級生からあからさまな嫌がらせを受けた。そしてひどく悲しんで泣いた。この当時は、素直に悲しめる人だった。

この事件、今考えると自分があんなに泣いたのが恥ずかしいし情けない。……この「恥ずかしい」「情けない」という思いこそが、高校以降に自分の「悲しみ」を抑える原因となった。こんなことでこんなに悲しんで、情けない。今ひどく悲しんだら、将来「恥ずかしいな当時の自分」って思うだけだろう。……そんな思いが、私から素直な「悲しい」という感情を取り去っていった。この「恥ずかしい」「情けない」という思いは、メタ的思考の増大や、高校以降の関与する人間の数の急激な増大(すなわち行動の幅の拡大)、それによる他者との比較を通した自分の異常性の把握が、原因と言える気がする。

「悲しみ」という感情の薄れには、「楽観主義化」「思考の転換の円滑化」「諦めの良さ」という原因もあるだろう。私は中学時代までひどく悲観的(ただし深く考えて悲観しているわけではない)な子供だったが、人生意外とうまくいっていることに気づいた高校時代以降楽観的な人間になり、悲しいことがあっても「ま、なんとかなるんじゃね?」「このかわりに後でいいことがあるかもだぞ」など軽くあしらうようになった。中学時代以上に自分の行動の計画を立てる機会が増え、連鎖的な興味の増加から「やりたいこと」が増え、例えば災難により計画が潰れるとなっても「じゃあかわりにこれできるじゃん!」などと発想を転換するようになった。また楽観主義に基づき、「まあこうなる運命だったんだろうな、仕方ない」など思い諦めがすぐにつくことも増えた。

要は、「行動範囲の増加」「他者との比較」「過去の成功を元にした楽観主義化」などが原因となって「羞恥」「諦念」などを獲得し、素直な「悲しみ」の表現場所が減った、とでも言えようか。これも「成長の過程でひねくれた」ということだ。


ところで、素直に感じられなくなっている感情は「悲しみ」だけではない。「怒り」もだ。

私は滅多に人に対して怒らない。前に怒ったのは中2の時でもう7年も前だが、この例も今や「恥ずかしい」「情けない」と感じており、前述の「悲しみ」と同様に羞恥が「怒り」を抑えつけていると言えよう。またすぐに「まあそういうこともあるさ」と切り替えることができ、これも「悲しみ」と同様に諦念が「怒り」を抑えつけている。

加えて、SNSなどで怒り露わな表現の不毛なぶつけ合いをよく見るようになり、それを反面教師として、怒りのような感情を抱いた時は冷静になって原因などを考えるようにした。例えば、1世帯あたりマスク2枚配布に対して怒りかけたが、色々と情報を得たらある程度の納得に至った。

また、過去の自分の怒りの原因を分析したところ、自分の非が一定度認められた。これを踏まえて、何か怒りの原因がありそうならば自分の非を考えるようになり、その結果自分から譲歩することも増えた。これは反省の感情ゆえだろう。

「感情のあからさまな表現への曝露」「過去の分析」などが原因となって「羞恥」「諦念」「反面教師化」「反省」などを獲得し、素直な「怒り」の表現場所が減ったようだ。「ひねくれた結果怒らなくなった」という、良いんだか悪いんだかわからない結果。

ただ、イライラは未だにする。これは明確で単純な「怒り」の感情というより、「落ち着かない状態」の方が正しい気がするが。


「嫌悪」なんかも実は感じづらくなっている。「メタ的思考」の下で考えると「大してそんなことなかった」「相手の良さに気付いた」などとなることも多く、「何かを嫌いになる」も昔ほど起こらなくなった。私は、「嫌いな人」がいないというのが自慢である。まあ食材のアボカドだけは決して許さないが。あればメタ的に考えても無理だ。

 


さて、代わりに明らかに昔より増えた感情がある。例えば「嫉妬」「尊敬」「葛藤」である。

実は高3の時に、盛り上がっている場の雰囲気にのまれて突然泣き出したことがある。それは優秀な友人(その場にはいなかったが話に上がった)に対する自身の劣等感ゆえの嫉妬と、彼を尊敬するがゆえの葛藤から、自己嫌悪に陥ったゆえのものだった。

行動範囲の増加により関わる人物が増えると、母数が増えるために尊敬対象も増え、同時に嫉妬の対象も増える。

そして、これまでに出てきたような高度な感情がぶつかると、そこに葛藤が生じる。思えば、この文章を書いている私の心情はずっと「葛藤」だったのかもしれない。

 

 

大人になったのか、ひねくれたのか

 

こんな感じで、「悲しみ」「怒り」「嫌悪」という単純な感情は、成長や学習による「死への恐れ」「怖れ」「諦念」「羞恥」「反省」「嫉妬」「尊敬」「葛藤」など比較的高度な感情や「反面教師化」「メタ的思考」など高度な処理の強化により打ち消され、表出しづらくなったような気がする。

良く言えば、大人になったということだ。感情のコントロールができるようになったということだ。「悲しみ」「怒り」「嫌悪」は制御できないと大変な負の感情のため、自制はとても大切だと思う。そして、それを抑えることで人間関係の悪化を防ぐことができるだろう。この点では非常に良い傾向だと考えている。

しかし悪く言えば、素直に感情を抱けないひねくれた人間になったということだ。もはや子供の頃の純粋な感情は、「悲しみ」「怒り」「嫌悪」においては結構失われてしまった。まるで刺激が足りなくなったみたいだ。「怒り」と「嫌悪」はともかく、「悲しみ」も素直に抱けないというのは、友人の死に接しても素直になれない友人への申し訳なさ、そして喪失感や無力感すら感じる。……この「申し訳なさ」「喪失感」「無力感」というのも、少し遅れてくる高度な感情か。


……そして、実は「恋愛感情」もこれら高度な感情とメタ的思考にのみこまれてしまい、そのせいでこんな拗らせた人間になってしまったのかもしれない。話が変わったが。

これを考えると、こんなにひねくれる前に恋愛対象のいる空間に属し、純粋な恋愛感情を経験し、交際経験を積むのが正しいと言えそうだ。男子校を否定する理論。ひええ。


「怒」と「哀」がこうなってしまった以上、「喜」と「楽」もこうなりかねない。せめてそこだけは、素直でいたいものだ。「喜」「楽」は、「怒」「哀」と違って、放っておいてもそうそう負の方向に向かうわけじゃないから。

そして、もしこんな私に可能性があるならば、「恋愛感情」に関しても素直に戻りたいものだ。

 


……読み返してみると、この文章自体が「友人の死」から始まって「恋愛感情」で終わるという、とてつもなくひねくれた文章になっていた。

ひねくれるのは、一部の感情においてだけで十分なはず。それ以外はまだ素直でありたい。

そう思いながら、「尊敬」する友人に黙祷を捧げる。そしてこんな自分の文章を「反省」。こんなこと言っても彼は戻ってこないという「喪失感」「無力感」が、いよいよ感じられてきた。